先のことを考えて生きていたら、自画像を描いてない
「あ、やばいことになった、これは」
水野:杉山さんは2020年、大学在学中にNHK大河ドラマ『麒麟がくる』のメインビジュアル、背景デザインを担当されました。急にファンの声になっちゃうんですけど、『麒麟がくる』めっちゃ観ていて。なんなら今も観ている。だから「杉山さんはこのビジュアルに関わっていたんだ!」って急にミーハーな心に…(笑)。『麒麟がくる』のお仕事はどういった経緯で?
杉山:私の高校の同級生の、上司の上司ぐらいにあたる方が“奥山由之”さんという、ポカリのCMなどを手掛けている監督で。その奥山さんがすぐに絵を描ける子を探しているということで、私の絵を送って。そうしたら、「ちょっとこの子とお話がしたい」と言ってくださったみたいで。
水野:なるほど。
杉山:で、上司の方から電話が来たんですけど、そのとき私、奥多摩のキャンプ場で大学の友だちと焚き火をしていて。もうベロンベロンに酔っぱらっていたんです(笑)。そこで急に「明日の6時に新宿に来れる?」って言われて。私は酔っぱらっているので、「はい、はい、はい」みたいな感じで。
水野:喋れてはいたんだ(笑)。
杉山:で、長谷川博己さんの名前が出て、「あ、やばいことになった、これは」みたいな。
水野:大きな話だぞと。
杉山:はい。そこからもう酒も飲まず、水を飲んで寝て、6時に新宿に行って。とにかく突然でしたね。
水野:撮影には関わっているんですか?
杉山:もう素材はできている状態でした。私も「何かわからないけど、とりあえずすごいことだ」と思いながら行ったら、奥山さんが座っていらっしゃって。金バックで長谷川博己さんが真ん中にいる写真を渡され、「これに絵を描いて、今まで見たことないようなポスターを作ってくれない?」って言われて。「やばすぎ!」みたいな。
水野:口調は優しいけど、すごい課題。
杉山:もう何千枚も撮って、レイアウトにした状態で渡されて。「これから戦に行くような感じで」とか「ものはなるべく描かないで、かっこいい絵にしてくれ」とかオーダーをいただき。頑張って描きました。
水野:僕、もちろんメインビジュアル知っているんですけど、長谷川さんが演じていらっしゃる明智光秀が目の前にいて。もう写真で構図が出来上がっているじゃないですか。表情も完全に芝居のなかに入っていて、絵になっているし。そこに何かを加えるってすごく大変な気がします。どう考えていったんですか?
杉山:龍とかを描いてもダサくなっちゃうし、どうしようと思いました。でも、オーラというか。馬が汗をかくと湯気が出るじゃないですか。ああいうイメージにしようって思って、あの感じになりましたね。何枚も描いて、ドライヤーでボーッって絵の具をうまく流れさせて。
水野:これは完全に大河ファンの僕のコメントなんですけど。ステレオタイプの明智光秀って、わりと悪として書かれる。でも『麒麟がくる』の明智光秀は、すべてが悪ではなく、いい存在として物語のなかで書かれていて。最後どうすることもできず、本能寺の変に向かっていく。杉山さんの絵は、その全部を内包した、滲み出る悪というか、何か整理できない感情みたいなものがすごく表れていて。本当に素晴らしいと。
杉山:ありがとうございます。嬉しいです。
作品に対する自信がない
水野:この作品は自画像ではないけど、これを見ると、杉山さんには自画像以外のおもしろいものもたくさんあるんじゃないかなと思うのですが、ご自身としてはいかがですか?
杉山:多分『麒麟がくる』があったから、「いつまで自画像を描いているかわからない」みたいな気持ちになっているのかもしれないですね。自分が手を加えた絵がいろんなところに貼り出され、テレビにも出て、いろんなひとに見てもらうことを覚えて、すごい経験だったと思います。だから、今は自画像を描いているけれど、それだけじゃなくてもいいのかなって。一方で、描いたらやっぱり楽しいし、みんなに見てほしい。
水野:はい。
杉山:でもそんなに絵に対して、自分が作っているものに対して、自信がないんですよね。挑戦することは楽しいけれど。できたものに対してどうなのかというと、ちょっと自分でもわからない。『麒麟がくる』もそうですし、全部の作品に対してそういう気持ちがあります。
水野:たくさんの方の目に触れる経験が増えているじゃないですか。たとえば、2023年に西武渋谷55周年のメインビジュアルで、杉山さんの自画像がたくさん描かれたものが選ばれたり。そういうなかで、ご自身の作品は変化していくと思われますか。
杉山:時代が変わると自分も変わっていくので、 変わるんじゃないかなって思いますね。でも今、2023年の西武渋谷の作品を思い出して、「なんでこんなよぉ!もっとできただろう!」って…(笑)。気持ち悪い。あんなに描いていたのが。本当にイヤだ。
水野:前回、音楽アーティストの長谷川白紙さんにお話を伺ったんですね。で、長谷川さんも自分の作ってきたものに、「なんであのとき、ああしなかったんだろう」と思うっておっしゃっていて。もう今、デジャブのよう。
杉山:あるあるですねぇ。
水野:ずっと変化しているひとは、できあがっていく過去に対して、執着がないというか。「あの作品よかったでしょ?」っていう感じにならないんですかね。
杉山:ならないですね。そのときは「まぁ…」って思っても、振り返ると。ちょっと時間が経って、少しだけ技術が上がっていると思うので、その分より思っちゃいますね。
自分がやっていることをおかしいって思ったことがない
水野:ずっと前を向いている方の言葉だと思います。杉山さんは年末、個展も開催されるそうですね。どういったテーマなのでしょうか。
杉山:「2024年の私」って感じです。シンプルでごめんなさい。今日も自分の顔面を描いてきました。
水野:どんどんコンセプトは浮かぶものですか?
杉山:私の絵って、ひとりだけのもありますけど、何人か私がいて。それを自分の頭のなかで組み合わせている感じです。たとえば、電車に乗っているときとかも、「あのポーズして、あの角度で写真を撮って、それをここと組み合わせて…」とか考えています。
水野:話が戻ってしまうけれど、ずっと自分を見ているって、すごくないですか。
杉山:ねぇ。だから本当に頭がおかしいと思います(笑)。
水野:いやいやいや。でもずっと自分がそこにあって、自分を題材として、移動中も頭のなかで組み合わせて考えて、絵を描き続けている。それで普通でいられることがすごいと思うんですよ。
杉山:あー、普通に見えていてよかった。
水野:別にこの会話が喫茶店で行われていてもおかしくないぐらいのテンションじゃないですか。でも、自分がそれをやったら、何かに頭を奪われてしまいそう…。
杉山:私、自分がやっていることをおかしいって思ったことがないんですよね。間違ってないとかではなく、やっている行為に対して嫌悪感がない。それがヤバいと思います。
水野:それはすごいことだと思う。
杉山:「すごい」っていうのは、「頭がおかしい」っていう意味で(笑)。やばいと思いますね。自分は普通だと思ってやっているけど、大学生時代とかも、「自分を描いているって頭おかしいからね」ってよく言われて。
水野:言葉を選ばず言うと、逆にナルシズムが思いきり欠落しているからできるんじゃないですか。
杉山:本当にその通りだと思います。
水野:これから先、どういうものを作っていこうとかは考えますか?
杉山:これから先…。本当に3ヶ月先のことしか考えられないです。それ以上先のことを考えて生きていたら、自画像を描いてないと思います(笑)。
水野:論理じゃないけど、そんな気がする(笑)。
杉山:「今、自画像を描いていて、ヨボヨボのおばあちゃんになったときはどうするんだ」とか、アート市場のこととか、いろいろ考えていたら描けなくなる。なるようになっていくしかないのかなって気がします。でも、やっぱり一歩踏み始めちゃった感じなので、とりあえず舵を切ろうと。
水野:たしかに、自分の肉体が変化していくじゃないですか。それを老いとも、成長とも言うけれど。自分を描くということは、それと向き合っていかなきゃいけないということで、すごく過酷そう。だけど、杉山さんにはずっと軽やかさがある。ちなみに年末の個展はいつから始まるのでしょう。
杉山:2024年12月20日から1月13日 までですね。渋谷のPARCO MUSEUM TOKYOで開催します。
水野:ぜひみなさん、この話をしているひとはどんな絵を描いているのか、見に来ていただきたいなと思います。では最後に、これからクリエイター、ものづくりを目指すひとたちに何かメッセージをお願いします。
杉山:まず私がクリエイターとして大丈夫なのか…。でも、別に続けなくてもいいから、やりたいことがあったらやる。何か思いついたらやってみる。やりたいことが見つけられなかったら、それでもいいと思います。抽象的ですみません。あと、常にいろんなひとに刺激を受けることは大切な気がします。自分がやっている分野のひとからも、違う分野のひとからも、学べることはたくさんあるなって思います、最近。
水野:わりかし外を見るほうですか? 他のひとの作品であったり、違う分野のものであったり。
杉山:そうですね。今回もめちゃくちゃすごい機会です。違う分野の方と出会うことで、自問自答というか。なんか…水野さんを使って自問自答って、なんてことをしているんだって感じなんですけど(笑)。
水野:最高の褒め言葉です。
杉山:やっぱりいろんなひとから刺激を受けることが大事だと思いますね。
水野:今回は2週間に渡って、現代アーティストの杉山日向子さんをゲストにお迎えしてお届けしてまいりました。杉山さん、ありがとうございました。
杉山:ありがとうございました。
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文・編集: 井出美緒、水野良樹
写真:軍司拓実
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週金曜夜24時30分放送
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