「ヒットの方法がわかっていたらどんなに楽か」と思いながら毎日生きている

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
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“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週金曜日夜24時30分から放送。
歩いている間も喋り続けている
水野:今回のゲストはマンガ編集者の林士平さんです。マンガとの最初の出会いというと?
林:子どもの頃、兄や姉の部屋に転がっていたマンガをよく読んでいました。同時に、小学館さんの『小学1年生』みたいな学年誌でマンガの読み方を把握し。さらに『コロコロコミック』に入り、どんどんマンガを買っていった、というのが最初の記憶ですね。

林士平(りん しへい)
マンガ編集者。1982年東京都生まれ。2006年、株式会社集英社に入社。「月刊少年ジャンプ」「ジャンプSQ.」の編集者を歴任。2022年に集英社を退社、現在はフリーランスの編集者として活動している。『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』『ダンダダン』など、多くのヒット作品を手がけている。
水野:作るほうにまわろうという意識になったのはいつ頃でしょう。
林:就職するまでその意識になったことがないですね。就活もクリエイティブな仕事ばかりではなく、給料が高い順から端から受けていて、軸がゼロ。とにかくずっとやりたいことがなくて、あるひとが羨ましかったです。結果的に、いくつか内定をいただいたなかで、平均年収がいちばん高かった集英社に入り。そこでマンガ編集者に配属されて初めて、「ああ、そういう仕事をやっていくんだ」という感覚になりました。
水野:それでマンガ編集者になって、すぐに“作る”というほうに入っていけましたか?
林:もともとマンガも小説も映画も趣味として好きだったので、そこに関する知識的なギャップはなかったかもしれません。作家さんと同じ目線で、「あの作品が好きです。こんなシーンを覚えています」というお話はできたんです。あと、入社したての頃に大御所の先生につかせていただき、都度ご指導をいただいて、学ぶことができたのも幸いでした。
水野:とはいえ、作家さんとのコミュニケーションの取り方は、現場でないとわからないものですよね。
林:はい、だから何度もお叱りを受けました。しかも先輩によって、「こう振る舞うべきだ」という流派が違う。それらの違いをすべて伺いながら、自分に合っている方法、それぞれの先生に合っている方法を学習して、日々こなしていく感覚でしたね。
水野:お仕事をしていくなかで、同世代の編集者の方たちと、明らかに差が出てくるじゃないですか。たとえば、ヒットの数とか。ご自身を分析すると、その差はどこで生まれたと思いますか?
林:半分は運ですね。どんな作家さんにお会いするかによるから。残りの半分は、よいチャンスに出会う場に正しくいられるよう踏ん張れたかどうか。僕がいた集英社は優しい会社なので、ある程度は放任主義ですし、個人の裁量に任せていただけるんです。つまり、遊ぼうと思ったら遊べるし、緩くもできる。でも僕はどちらかというと、ワーカホリック側で。
水野:そんな気がします。
林:ずっと働いていたいと思ってしまう。僕、同期のなかでいちばん、作家さんと打ち合わせしている時間が長い人間だと思っていたので。やっている数も大きかったと思います。

水野:どうしてそんな量ができるのですか?
林:楽しいからですね。新しい作品が生まれる瞬間とか、作家さんが変わっていく瞬間とか、見るのが好き。とくに、打ち合わせが苦にならないタイプなんです。コミュニケーションがツラいタイプの方もいらっしゃるじゃないですか。僕はノーストレスで。作家さん側が電話苦手な場合は、文面で返しますけれど、文章を作ることにもストレスを感じませんし。
水野:すぐコミュニケーションを取ることができるスピード感が、編集者という仕事にとっては大きいですか?
林:大事だと思います。たとえば、作家さんのプロットやネームは、移動時間にすべて読んでおくんですよ。頭のなかで転がしておく。そして、電車を降りて、ホームから地上に出て、電波が安定したら、もう電話する。常に脳が動いていますし、歩いている間も喋り続けていますね。
水野:作家さんとコミュニケーションを取るとき、何に気を遣いますか?
林:ひとによって違いますが、礼儀ですね。相手にとって、なるべくよいビジネスパートナーで在りたい。別にお世辞ばかりを言うとかではなく、ともに時間を過ごすことによって、そのひとの創作状況がよりよくなるような存在になるべくベストを尽くしています。
水野:礼儀ですか。非常に基礎的なことでありながら、難しい。
林:作家と編集者は、家族のようであり、取引先でもある関係なので、ひとによって正解が違いますよね。だから、「どんな時間に電話をされると楽ですか?」とか、「どんな打ち合わせの形だとやりやすいですか?」とか聞きます。長い時間をかけて、ひとりひとりとの打ち合わせの形式ができあがっていく感覚ですね。
好みとロジックは別

水野:作品に対する“おもしろい”・“おもしろくない”の基準は、林さんのなかでどういったものなのでしょうか。
林:感覚的なものだと思います。もちろん自分の好みもあって。新しいものや見たことないものは基本的に好きですし、トライするべきだと思う。一方で、ベタなプロットでも、丁寧に構築されていておもしろいのであれば、そういうものも好き。ただ、「ベタで退屈」はダメなので、思ったことを作家さんにそのままお伝えしますね。
水野:その時点で読者のことはどれぐらい考えますか?
林:まず、僕自身が読者なんですよ。最初はいち読者の目線で、そして2回目は編集者の目線で読む。だから、好みとロジックは別で、両方の目線をお伝えしていますね。好みは好みで、「僕の好みとしては好きです」とか、「僕は退屈に感じます」とかお伝えして。編集者として感じたことは、また別の言葉でお伝えする。
水野:編集者という立場では、「この作品をヒットさせなければ」という職業的な使命感もありますよね。
林:そもそもヒットさせる方法はわからないんですよ。でも、“わかりにくいところ”はロジックで潰せるから、とりあえずすべてお伝えして。そして、作家さん自身がおもしろいと思って書いていて、僕自身も読んでいておもしろいなら、少なくとも世界に2人はおもしろいと思っているひとがいるから。それを編集部に提出して、メンバーもおもしろいと思うのであれば、掲載されることになり、さらにちょっとずつ打率が上がっていく。
水野:はい、はい。

林:とはいえ、ひとつのメディアで掲載された作品がすべて売れるわけではなく、年に数本が生き残ればOKな状態なので、“おもしろいけれど売れない作品”も山ほどある。「ヒットの方法がわかっていたらどんなに楽か」と思いながら毎日生きています。世の中には、「わかっている」と言う方もいらっしゃるでしょうけれど、僕は全員、嘘つきだと思っていますから。
水野:「共感します」と僕も明言しておきたいです。
林:そういうひとは、スモールな視点での少ない成功体験を、「わかっている」と言語化しているだけであって。未来に関してわかっている方なんていないんじゃないですかね。
水野:“ヒットする”という意味では失敗してしまった経験は、活かされていくものですか?
林:いや、時代も変わっていくので、正直なところわからないです。僕、失敗した作品に対して自己弁護のために、「早すぎたかもね」とよく言うんですよ。
水野:カッコいい(笑)。
林:未来を予測して、「このあたりにこう刺さるんじゃないか」と世に出したけれど、売れなかったりするので。知見が溜まってうまくいくかのように思えるけれど、打率が上がっている感覚はないんですよ。それは世の中の受け手の感覚がどんどん変わっていくから。必死でみなさんの感覚を観察しているんですけれど、いまだにずっとわかりません。
水野:ご自身がアイデアを出しやすくするためにやっていることはありますか?
林:たくさん作品を見ること。たとえば、今の時期だと『本屋大賞』の最終候補が発表されましたよね。僕は毎年、最終候補10冊をすべて買うんですよ。そして、帯やあらすじから読みたい順に並べる。で、大賞は書店さんの投票で決まるので、「書店さんが売りたいと思う本の1位はどれかな?」と予想しています。楽しいですよ。
水野:それが作家さんとの打ち合わせではどう影響していくのでしょうか。
林:『本屋大賞』は文芸系でいちばん部数を動かす賞だと思っていて。その最終候補10作品のテーマ、キャラクター、ドラマ、構成などは今の文芸においてのガイドになるんです。そういうものをお伝えしますね。あと『このマンガがすごい!』とか『マンガ大賞』の最終候補に入った作品もすべて読むんですけど、それは逆に、「このテーマは他のマンガでやっていて売れているから、もう書けないね」という判断材料になりますし。

水野:どれだけの情報量を頭のなかで処理されているのか…。止まる瞬間はないのですか(笑)。
林:好きだからとにかく多読なんですよ。入浴中も、寝る直前も気絶するぐらいまで読んでいます。一昨年、救急車で運ばれて入院したことがあるんですけど、ER(緊急救命室)に入っているとき、あまりに暇で『イーロン・マスク』を読み始めたんですよ。上下巻の本。それをERで読み終えたとき、すごく幸せな気持ちでしたね。医者に「バカなの?」って言われたんですけど(笑)。
水野:話が脱線しますが、子どもの頃からそういう感じでした?
林:いや、高校時代までとても無気力な人間でした。先生からのあだ名が「死体」でしたから。ずっと寝ていた。
水野:それがどこで切り替わったのですか?
林:高校を卒業して、3ヶ月ぐらいひとりでアメリカに行って遊んでいたんですよ。そのときに少し変わったかもしれません。進学校もどきの檻というか、レールから離れてみたら、「意外と自由だな」って。しかも、受験英語があれば最低限のコミュニケーションは取ることができて。「勉強って役に立つじゃん! 早く言ってよ! じゃあ勉強も楽しそうだな」と、帰国した感じで。
水野:世界の広さと今まで持っているものの再評価が行われて。
林:そこからはポジティブに人生を過ごして、大学時代も楽しかったです。18年間の無気力な人生を取り返したいぐらい。まあ時間は巻き戻せないので、この先はなるべく無駄のないように、思い通りに過ごしたいなと。
図書館で味わう絶望と希望

水野:今後その回転が止まるかもしれない、みたいな怖さはありますか?
林:ありますよ。老いは来ますから。「40代は走り切れるけれど、50代から難しくなってくる」とよく聞くじゃないですか。それに抗うために、健康と体力が大事だと思います。だから、ちゃんと運動をしていますね。
水野:これだけ膨大なことを考えたり、情報をインプットしたりしているひとに踏み込んでいくと、大事なものは「礼儀」とか「健康」とか、かなり基礎的なものが出てくるのがカッコいいです。
林:一方で最近、「ダメになっても、どうとでもなるな」と思うんです。最底辺のことを想像して、仮に家族も友人も全員いなくなったとする。すると僕は多分、最初に生活保護の申請をするわけじゃないですか。そして、お金のかからないエリアに引っ越すと思うんですけど、ちいさな贅沢として、図書館の近くを選ぶ。
水野:はい。
林:僕は図書館に行くと、絶望と希望を味わうんです。「生きている限りこの本を読み切ることはできないな。じゃあ、幸せじゃん」と。朝から晩まで図書館で、読んでこられなかった本、読みたかった本を、ひたすら読み、手遊びで文章を書いたりもしながら、余生を過ごしていく。もしそれが自分に想像できる最底辺なのであれば、それはそれで幸せなことかもしれないなと。
水野:そうですね。

林:もっと下もあると思いますけどね。目が見えなくなるとか、耳が聞こえなくなるとか、健康を害されて本を読むメンタルや状況じゃなくなるとか。そのとき僕がどんな絶望するのか想像もつかないですけど。心配してもどうにもならないので、そのときになったら考えようって感じですかね。
水野:どうしてそんなに軽やかなんですか?
林:「どうとでもなる」って思ってしまうんですよね。というか、「どうにかなっているな」って。
水野:独立されてからは、林さんの仕事にどのような変化がありますか?
林:すべてのチョイスというか、変える・変えないが自分次第になったところは大きいですね。あと、人生において初めて、会社という箱の意味、経営することの意味を学習している最中で。「おもしろいな」って感じる瞬間もあれば、「どうしてこんな仕組みになっているんだろう」と怒りを覚える瞬間、「国、賢いわ!」と思う瞬間、いろいろあって楽しいです。
水野:なんて好奇心!

林:自分と家族以外の人生を真剣に考えるようにもなりました。自分の経営している会社に来てくれた社員は、どこか家族感覚で。「彼らの人生に何かお渡しできるものはあるだろうか。関わったからには幸せになってほしい」と考えられることは幸せだなと思っています。そういうひとたちがいるからこそ、自分が正常でいられる感覚もありますね。
水野:他者を幸せにしたいという気持ちを、こんなにフラットに言って、実際に行動で示している林さんのような方は意外と少ないと思います。そんな林さんから、これからクリエイターを目指すひとたち、ものづくりをしようとしているひとたちに、何かメッセージをお願いします。
林:不真面目なひとよりは、真面目なひとのほうが強い。だけど、真面目なひとが勝てないのが、夢中なひとなんですよね。だから、「なるべく楽しみながら、夢中になれ」ということをお伝えしたいですかね。
水野:意識して「夢中になる」って難しそうですね。
林:楽しいと思い込むこと、だと思いますよ。たとえば、小学校の頃の掃除当番って、イヤじゃないですか。でも僕はあるとき、「10分間で綺麗にして帰ろうぜ!」と言ってタイマーをかけて、みんなで走るように掃除をしたら、すごく楽しかったんですよ。しかも掃除のパフォーマンスも高い。先生も褒めるし、自分らも楽しい。全員がWINなんですよね。それって、「この10分を楽しもうぜ」という合言葉次第じゃないですか。
水野:はい、はい。
林:そういうセルフマインドコントロールも大事だなと。とはいえ、心と体が不一致になって、ストレスが溜まっていくのもツラいので。定期的に誰かまわりのひとに自分の状態を共有して、バランスを取ってみてください。売れている作家さんでも、「楽しくないです。林さんおかしいです」とおっしゃる方もいます(笑)。無理せず、「楽しくないのがデフォルトだけど、小さい幸せは拾ってもいいか」くらいでいるのもいいのかなと思いますね。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週金曜夜24時30分放送
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
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