「こういう写真を撮ることができる世界はすごいんだよ」と伝えたくて。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
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“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:今回のゲストは、写真家のオカダキサラさんです。

オカダキサラ
1988年、東京生まれ。2006年に武蔵野美術大学 造形学部映像学科に入学。在学時の課題をきっかけにストリートフォトを撮り始め、2010年に同校を卒業。東京綜合写真専門学校の研究科に入学し、2014年に卒業。1_WALLやJuna21、コニカミノルタフォトプレミオ、GRAPHGATEなどに入賞。2023年に初の作品集を発行した。「街が見逃した奇跡の現場」をテーマに写真作品の制作を続けている。
スナップは逆戻しで見たときにまた楽しめる文化

水野:写真集『新世界より』を共通の知人である編集者の方にいただきまして、いつかお会いしたいと思っていたので、嬉しいです。まず、オカダさんが写真の道に進まれたきっかけというと?
オカダ:武蔵野美術大学の映像学科に入学し、そこでアニメを使ったCMづくりの勉強をしていて、いずれはCMディレクターになりたいと思っていました。だから最初はまったく写真には興味がなかったんです。でも大学2年生のときに受けた授業で、写真家の小林のりお教授から、「君は絶対にストリートスナップをやったほうがいいよ」と強く勧めていただきまして。それをきっかけに、スナップ写真を撮るようになりました。
水野:どんな要素が「やったほうがいい」と言われることに繋がったのでしょう。
オカダ:授業で「違和感を撮ってきなさい」という課題を与えられまして。いろんな生徒さんがいろんなものを撮っていくなかで、「日常こそが違和感だらけじゃないのか」と私は考えたんです。それで撮って提出したのが『新世界より』のいちばん最後のページにあたる写真だったんですよね。
水野:リスナーの皆さんにその写真の様子をお伝えしたいのですが。これは……場所はおそらく電車のなかで。わりと混み合っていて。車いすに乗られた外国の方であろう女性と、その家族の方々が何か窓のほうを見ている。オカダさんは、どこに違和感を抱かれたのでしょうか。
オカダ:車いすの女性が通路の真ん中にいて、それを挟むような形で、他のお客さん方が座席にびっしりと座っている。それがまるで舞台のワンシーンみたいだなって。この女性が何かすごい発言をしていそうな雰囲気。でも実際は「私たちは一体、どの駅に降りるのだろうか」と駅名を見ているだけの景色で。
水野:なるほど! 外国の方で日本語もよくわからないからこそ、「駅を間違えないようにしなければ」と注意深く見ていらっしゃる姿なんですね。もともと日常の違和感に気づきやすい自覚はありましたか?
オカダ:いえ、まったくありませんでした。でもたしかに、「あのひと、あんなことやっているね」と私が口にすると、友だちから、「え? 変なところを見ているね」と言われるようなことが多くて。写真で映像化されて初めて、「ああ、こういうふうに見ていたんだね」って、まわりのひとがわかってくれるようになった感じです。
水野:電車内の写真、後ろ側にボーッと佇んでいる男性も絶妙な味を出していらっしゃるんですよ。この瞬間を押さえられるのはすごいなと、素人ながらに思います。撮り始めて、楽しい感覚はありましたか?
オカダ:「最初の1枚みたいな写真を100枚集めたらどうなるんだろう」という好奇心から、撮るようになったんですけど、「意外とそういうシーンは撮れないんだな」と気づいて。そこからさらに夢中になっていったので、その気づきがいちばんの原動力になっているのかもしれません。
水野:「意外と撮れないんだな」と気づいても、諦めなかったのですね。

オカダ:変なところに貪欲なんですよ。「絶対にこれが欲しい」と思ったら、何が何でも手に入れたい。写真は自分の手の届く範囲でできるはずだと感じていたので、もう無我夢中で街を歩きました。
水野:膨大な数の写真を撮っていらっしゃると思うのですが、作品になるものとならないものとの差は何ですか?
オカダ:それが微妙でして。というのも、何年後かに見たら、「これも作品として発表できるな」というものもあるんです。スナップにはその時々のコンプライアンスとか、時代背景が写し出されているじゃないですか。それらは10年後にガラッと変わっていたりする。だから、スナップは撮れば撮るだけ、逆戻しで見たときにまた楽しめる文化だなと、改めて今気づかされます。
水野:先ほどの写真だけでも、「誰もスマホを持っていない」とか、「今は多くの方がBluetoothイヤホンだけど、ケーブルイヤホンを使っている」とか、いろんな変化に気づきます。おもしろいですね。
オカダ:もっと細かいところでいうと、写っている広告もおもしろいです。今は女性の露出が激しいものはなくなってきているとか。色づかいとか。「やっぱり流行りがあるんだな」と。
考えるな、撮れ!

水野:普段はどういう意識でカメラを向けられていますか?
オカダ:基本的には、今が楽しいから今を撮っています。日常のなかでふと、「今だ!」とか、「あと3秒後に何かが起きそう」とか、感じられるようになってきて。ブルース・リーでいう「考えるな、感じろ!」という言葉、まさにそのとおりだなと(笑)。そして、感じたものに対して“動く体”が重要だなと思うようになりました。
水野:日常的にその感度を鍛えていらっしゃるんですか?
オカダ:感性はすぐに固まってしまいがちなので、なるべく柔らかく保ちたいとは思っていて。たとえば、ニュースが飛び込んできて、SNSにいろんな声があがるとき、自分とは逆の意見も見るようにしていたり。新しいものに対して、「今はこういう時代なんだ」と受け入れるようにしていたり。柔軟な姿勢でないと撮れなくなってしまう気がするので、意識はしていますね。
水野:感性が固まる、とはなかなか言語化しにくいものだと思いますが、「この景色はこうだろう」とか、「このひとはこう動くだろう」とか、決めつけて見てしまうような感覚ですかね。
オカダ:それもあります。あと、自分の考え方によって、「これを撮ってはいけないのではないだろうか」という葛藤が生まれることもあるんです。だから、「いや、撮ったあとに考えよう。撮ってはいけないものはない」と思うようにしていますね。自分で作ったハードルを崩すことが、たぶんいちばん難しいので。私は「考えるな、感じろ」のように「考えるな、撮れ!」と。
水野:撮ったあとはどんな感情が巻き起こるのですか?

オカダ:撮ったときは淡々としています。すぐに見返すことなく、長いときには2〜3年ほど放っておくことも。そして、作品にするときちゃんと精査するんです。「これを撮られたひとはどう思うか」とか。「見てくれたひとに何を感じてもらおうか」とか。写真はあくまで伝える道具。作品として手渡したあとのほうが、私にとっては重要ですね。何かしらの感動を与えられたとき、初めて喜びが生まれます。
水野:「こんなことを感じてもらいたい」という狙いはありますか?
オカダ:いえ、自由な感じです。ひとはどうしても、暗いニュースに気持ちが囚われがちじゃないですか。でも、ふと目にしたところにおもしろいものがあったら、沈んだ心が少し浮かぶんじゃないかと。写真そのものが大切というより、「こういう写真を撮ることができる世界はすごいんだよ」と伝えたくて撮っているんですよね。
水野:その目的を持っているのは、強いことですね。
オカダ:私の写真から何かを考えてほしいのではなく、「こんな写真を撮れるやつがいるんだから、自分の日常にもおもしろいことがあるはずだ」と思ってもらえたら、とても嬉しいです。
水野:オカダさんは、たとえば『新世界より』では、写真に200〜300文字くらいの短いテキストも書かれていますね。
オカダ:これは電車での移動中に書くことが多いです。写真が先にあり、テキストは後付けなので、撮ったときの状況をあまり思い出せず。周囲の雑然とした情報があることで、「アイデアをこういうふうに繋げていこう」と無意識に作ることができているのかもしれません。
水野:それを推敲するときは、また集中して。
オカダ:はい。「本当にこれで伝わるかな?」とか、「誰かがイヤな思いしないかな?」とか、何回も読み直して。それから校正さんに渡して、客観的に見てもらうということを繰り返します。
水野:どういうことを意識して、テキストを書いていますか?
オカダ:写真にあまり関係がない内容にしています。状況説明というより、ふわっと外して。写真に対する感想を狭めないようにしようと思って。
水野:エッセイを読ませていただいているような感覚になりますね。その味が写真をよりおもしろくさせている面もある気がして。このバランス感覚の保ち方がすごい。
私はやっぱり東京のファン

水野:ずっと日常を撮られてきたオカダさんから見て、社会はどう変化してきました?
オカダ:表現がどんどんブラッシュアップされていくのと同時に、狭まってきている感覚があります。SNSの発達で炎上が起きやすくなり、みなさんいろいろ気を遣った上で、完成度の高いものを作られている。そして、それは日常生活でも感じます。よくも悪くもマナーやお行儀のいいひとが増えたなと。たとえば、浅草とかも、「昔はこんなんじゃなかったのに、綺麗になってしまったなぁ…」みたいな(笑)。
水野:たしかにそうですね。衛生面やマナー面では改善したんですけれども。それこそオカダさんが撮られる“日常の違和感”みたいなものが生まれづらいのかなとも思うのですが。
オカダ:逆に際立ってくるんです。全員が同じほうを向くのは無理じゃないですか。それがどんなに正しく効率のいいものであったとしても、それぞれ生きているので、どうしても何らかの違和感が生じる。すると、整然と綺麗になった現代だからこそ、そういうものが目につきやすくなっている気がしています。
水野:「逆に目につきやすい」というのはちょっと悲しい気がしますね。乱れているものというか、人間らしいほころびが、少なくなっているということですもんね。

オカダ:エラーが許されなくなっていますからね。エラーから生まれるものも絶対にあるはずなのに。もう少しエラーを愛せるようになったら、みんなもっと生きやすくなるんじゃないですかね。許容範囲が広がって、「仕方ない。次はもっとこうしていこう」という希望のバトンになればいい。今はよりよい形になっていくための過渡期なのかもしれません。表現に限らず、少しの遊びは必要。それが心の余白に繋がっていくのだと思いますね。
水野:やはり日常を撮ると、そのときの社会の空気感や、ものの見方が出てきますね。
オカダ:だから、逆に将来が楽しみです。10年後、20年後に今を見返したら、どう感じるんだろうって。それがスナップの魅力だと思っています。
水野:今後、どういうものを撮っていきたいですか?
オカダ:変わらず東京の街は撮りたいです。一方で、少しずつ地方でも撮っています。私は東京で生まれ育ち、東京に住んでいるので、この環境が普通。だけど、「実は東京って、すごく特殊な街なんじゃないか」と思い始めて。地方の土地の空気感を味わった上で東京を撮ると、もっと深みが増すんじゃないかなと。最近は定期的に、車や電車で遠くへ行くようにしているんです。
水野:東京と地方ではどういう違いがあります?
オカダ:圧倒的にひとがいない。たとえば駐車場に車はあるのに、ひとの気配がないんです。「乗っているひとは一体どこへ?」と。それは、ひとり1台だから、お店に入っているひと自体は少ないのに、車だけが幅を取っているわけです。電車にぎゅうぎゅうに詰め込む東京では、考えられない状態じゃないですか。あと、15時くらいに中途半端な場所にいると、ご年配の方しかいない。「あのおじいちゃんはどこへ行くんだろう?」と。

水野:国道沿いの景色も、地方には独特なものがありますよね。ファミレスとかがブワーっと並んでいたり。でもそこに住んでいる方にとっては、なじみの景色で。だから、おっしゃるとおり、オカダさんがずっと見てきた東京の日常は、地方の方からすると違和感だらけなのかもしれません。
オカダ:いつでも“おのぼりさん”のような気持ちで、東京に向かっていこうと思っていますね。
水野:日本以外の場所も考えますか?
オカダ:いや、あまり考えていません。日本人の気質で、日本を「おもしろい」と感じていることが、世界に通じるとは思っていなくて。あと、その国に馴染むためには、一度住まないといけない。すると、かなり時間がかかりますよね。私はやっぱり東京のファンなんです。だから、「推しはいつもそばにいてほしい」という気持ちがあって(笑)。
水野:東京の街のどういうところが、オカダさんをそんなに惹きつけるのでしょう。
オカダ:こんなに目まぐるしく風景が変わることって珍しいし、ひとが多いからこそできる景色がある。ひとが少ない地域は、世界中のいろんなところにあると思うんです。でも、こんなに狭い国土のわりに、東京の人口密度は世界で上位に入るぐらいで。滅多にない場所にいるし、それだけのドラマがあるわけじゃないですか。行き交うひとの数だけ、ドラマを想像できると思うと楽しくて。妄想が尽きません。
水野:オカダさんの写真にも、渋谷のスクランブル交差点で観光客が写真を撮っているところを、みんなが無意識に避けていくシーンがありました。あれもやっぱりひとがいないとできない景色ですよね。
オカダ:あと、日本人って優しいなと思います。「こういうところにも気質が表れるよね」って。だから、世界を撮りたいというより、世界のひとに日本のそういう面を知ってほしい気持ちはあるかもしれません。観光地だったり、東京の煌びやかなイメージとは少し違った、もっと素朴な日常を。日本のBサイドを見ていただきたいなと思っています。
水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
オカダ:私は“好き”に貪欲すぎるので、わがままを突き通して、ここまでやってきたんです。その結果、作家としていろんな方からお声かけもいただけるようになりました。だから、みなさんも何か作りたいものや好きなものがあったら、それを大切にしてほしいなと思います。


Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
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