居酒屋で知人に、「絶対に言わないでくださいよ」って話せることを書く。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:今回のゲストは小説家でエッセイストの燃え殻さんです。

燃え殻(もえがら)
1973年生まれ、神奈川県出身。小説家・エッセイスト・テレビ美術制作会社企画。2017年『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。著書に小説『これはただの夏』、エッセイ『すべて忘れてしまうから』『夢に迷って、タクシーを呼んだ』『相談の森』がある。
Twitterはラジオのハガキと同じ感覚

水野:文章を書くというところに入っていかれたきっかけというと?
燃え殻:Twitter(現:X)ですね。今みたいに、毎日いろんなひとたちが喧嘩をする前の。
水野:牧歌的な時代の。
燃え殻:当時、僕はまだテレビの美術制作という、テロップやフリップを作るような仕事をしていたんです。そのときに新しいもの好きなお客さんが、「Twitterというものがあって、そこで会議の場所をアナウンスするから」みたいな話をして。「会議室Aを取りました」とかつぶやいていて。
水野:Twitterを連絡手段として使っていたんですね。世界に発信というより、仲間内に。
燃え殻:メールのような感じでしたね。「こんなの誰が使うんだろう」と、最初はみんな言っていたんですけど、お客さんがやっているから自分も登録して。「これから向かいます」みたいなことを書いていました。でもそれこそ、「これって世界に繋がっているんだ」ということにだんだん気づきはじめ。テレビの世界は、広いようで狭くて、毎日同じひとにしか会わないんです。
水野:なるほど。

燃え殻:だからこそ、テレビの世界じゃない普通のひとたちが、「天丼食べた」とか、「今日だるいな」とか、言っているのが楽しくて。それから自分もラジオのメッセージ投稿のような感覚で、何気ない宛て先もない感じのことをつぶやくようになっていきました。当時はお客さんもフォローしてくれていたので、あんまり変なことも言えないけれど、逆に喜んでくれるならこれも営業なのではないかと。すごくおもしろかったんですよ。
水野:当時、「新しいSNSがあるらしい」とTwitterを始めた方も多かったと思うのですが、そのなかでご自身のツイートが注目を浴びたり、「おもしろい」と言われたりするのは、どういう感覚でしたか?
燃え殻:いろいろなおもしろいひとたちがたくさんいたんですけど、わりと一発ネタというか、ひと言をつぶやく方が多かったんですね。そのなかで僕は文章っぽいものが好きで、「今日あったことを140字いっぱい使って、どう起承転結をつけようかな」という感覚で書いていました。もともと深夜ラジオに、「僕はこんなことがありました」みたいなハガキを投稿するのが好きだったりもしたので、その気分を久しぶりに思い出して楽しくて。
水野:ご自身に文章力があるという自覚はありました?
燃え殻:ないです。「どうやったら喜んでくれるかな」という気持ちだけ。ラジオでハガキが読まれることって恍惚の瞬間だったんですよ(笑)。いつも聴いている番組のナビゲーターのひとが、自分の名前を呼んでくれて。その快感のために投稿していましたし、Twitterもまったく同じ感覚でした。海に向かって手紙入りの瓶を投げて、「誰かはわからないけれど、猫のアイコンのひとが喜んでくれている!」というのが嬉しくてたまらなかった。
水野:自己表現をしたいというよりも、読まれて反応が返ってくることがおもしろかったのですね。
燃え殻:それだけですね。あるとき、新潮社の編集者の方が突然、「小説を書きませんか?」とメッセージをくださったんですよ。でも僕はあまり本読みでもなかったので、「いやいや…」と2年ぐらい置いてしまって。それからcakesというメディアに縁があり、連載をすることになり。「じゃあこれを1冊の本にしましょう。どの出版社がいいですか?」と言われたとき、2年前に声をかけてくれたひとを思い出して、僕から連絡したんです。
水野:すごい、そこに行き着くんですね。

燃え殻:その方はもう文芸ではないところに異動されていたんですけど、「すみません、僕の本だけ作ってもらえませんか?」って頼んで、書籍化が実現しました。
水野:その本に対する反応も大きかったですよね。
燃え殻:はい、びっくりしました。
水野:燃え殻さんのお名前も作品も、Twitterという枠を超えて広がっていく。そのなかで、「燃え殻とはこういうひとだ」みたいなキャラクターづけをされてしまうじゃないですか。そのキャラクターが消費されてしまうところもありますし。そういう部分を燃え殻さんはどのように処理されていたのでしょう。
燃え殻:いや、キャラクターというより、ほとんど自分と一緒なんですよね。ハンドルネームなのに写真は出てしまっていますし。だからマスクをかぶったプロレスラーみたいな(笑)。ちょっといつもより派手にするぐらいの感覚。当時、いろんなひとに出会ったんですけど、ある作家の方から、「いいことも悪いこともいつか終わるので、好きなようにやればいいんじゃないか」と言われて。じゃあ、やってみようかなって。
水野:他者から影響を受けやすいタイプですか?
燃え殻:他者によって生きている感じですね。
ひとに出会う才能だけはある

水野:『ボクたちはみんな大人になれなかった』も『すべて忘れてしまうから』も、最新作の『この味もまたいつか恋しくなる』もそうなのですが、どこか虚構を混ぜながらも、燃え殻さんは常にご自身の過去や体験を作品に昇華されていますよね。ずっと他者の視点を受けつつ、「しょうがないしな」って飄々と書き続けられている気がする。どうしてそれができるのでしょう。
燃え殻:今、小説を書いていて、主人公が渋谷に住んでいるんですけど、僕も渋谷あたりに住んでいるんですよ。つまり自分のことからしかジャンプできなくて、それでいい気がしているんですよね。「これを書いて、アイデアを使い切ってしまったらどうしよう…」とかも思うんですけど。以前、何かの雑誌に、「今、持っているアイデアをすべて書いた人間にしか、次のチャンスはない」と書いてありまして。うわっ…って。
水野:すごい格言。
燃え殻:それを仕事でも意識しています。「これを今言ったらもったいないかな」と考えても、「いや、このひとと会う最後の機会かもしれないし、自分に仕事のオファーが来るのも最後かもしれないから、全力アクセルを踏んでいこう」って。すると、「この間のあれおもしろかったね。次は何をやってくれるの?」という形でまた来るかもしれない。
水野:はい、はい。

燃え殻:こちらがカラカラになるぐらい出し尽くしたら、僕が想像もしていなかった新しいものを入れることができたり、思いついたり、見つけたりする。だから出し惜しみはなしにして、自分に今あることをすべて書いてしまおうと。ここ8~9年ぐらいはそういう気持ちでやっていますね。
水野:どうして他者に対してそんなにひらけているのでしょう。
燃え殻:自分のなかで決めているところがあって。満員電車の日比谷線にOLさんが乗っていたんですよ。そのひと、「絶対に言わないでね」ってスマホでLINEを打っているのが見えて。でも、そのまま恵比寿で降りてしまったんです。「え! 何? どうしたの?」って思うじゃないですか。これって僕にとっては、夏目漱石の新しい原稿が見つかることよりも尊いことで(笑)。
水野:なるほど。
燃え殻:親友だと何でも言いすぎてしまう。他人だと何も言わなくなってしまう。だけどクライアントとか、飲み屋で会うひととかなら、全部は言わないし距離はあるけれど、社会的な自分のこともわかってくれているじゃないですか。だから僕は、“居酒屋で知人に、「絶対に言わないでくださいよ」って話せることを書こう”と。
水野:そう言われてみるとすべて納得できてしまう。
燃え殻:居酒屋だし、せっかく飲んでいるし、今日はいつもより少し砕けてもいいかなと思って、「あんまり話したことがない昔の恋愛なんですけど…」って、あんまり下品にならないように話すというか。
水野:その距離の取り方、僕はできないんです。
燃え殻:すごく得意そうに見えますけれど(笑)。
水野:いやいや、本当に苦手なんです。だから眩しく見える。ひとを信じていますか?
燃え殻:うーん。僕、ひとつだけ信じていることがあるんです。それは祖母に言われたことなんですけど、「あんたね、何も才能ないけど、ひとに出会う才能だけはあるよ」って。
水野:うわー、素敵。
燃え殻:つまり、ひとに出会う才能だけはあるから、「きっといいひとだ」と思えるんじゃないかなと。たまに、イヤなことを言われたり、されたりしても、「僕に何か試練を与えているんだ。いつか何かの糧になるはずだ」って捉えるんですよ。理解できないような怒られ方をしても、「今は不条理だけれど、もっと俺が大人になったら、もっとまともになったら、何かわかるはずだ」と考えるようにしていますね。
朝、起きたら必ず原稿用紙3枚分

水野:ストレス発散などはされますか?
燃え殻:ふと知らない駅で降りて、ビジネスホテルに泊まる、とかしています。これがいいんですよ。「この街には誰も僕の知り合いがいない」と思うと、落ち着いてくるし。初めての中華料理屋に入って、飯を食いながらナイターを観たりしていると、もうこの世にひとりなんじゃないかと、ストレスが溶けていきます。
水野:よくわかります。僕もツアー先で深夜の吉野家とかに入ると、非常にリセットされる感じがある。ご自身のモチベーションを上げるためにされていることはあります?
燃え殻:朝、起きたら必ず原稿用紙3枚分、何かを書くということをずっと続けています。「1200字アウトプットできたら、顔を洗っていい」と決めているんです。エッセイが書けるときもあれば、小説の続きが書けるときもあるし、1200字以上書いてもいいんですけど、「減らすのはダメ」と自分に言い聞かせて。これはできますよ。
水野:すごい。たしかに物理的にはできるはずですけど、ほとんどのひとが毎日できないですから。
燃え殻:いつかこういうところで話して、「すごい」って言われるためにもやるんです(笑)。

水野:まんまと(笑)。
燃え殻:まんまと。やった! 水野さんに「すごい」って言われた!って。嬉しいです。やっていてよかった。
水野:エッセイのテーマなどはどのように見つけるのですか?
燃え殻:「その感情と同じようなことが、人生でなかったかな?」と探りに行きます。あのときの冷たさや悲しみや美味しさや楽しさに近しいものを、韻を踏むみたいに。僕自身、本を途中までしか読めないことが多くて。逆に最後まで読めるときって、手触りがするとか、味がするとか、音楽が聴こえてくるとか、そのひとをまるで自分の友人かのように感じるとか、そういう実感を持てたときだと思っていて。
水野:なるほど。
燃え殻:すると、僕は凡庸に生きてきたので、自分に起きたことを書けば多分、いろんな場面でいろんなひとたちと重なるはず。「ああ、お前のそれ、俺にもあったよ」って言ってくれるはず。自分の記憶から辿っていけば、どこかの誰かも喜んでくれると信じ切ってやっている感じですね。
水野:「ああ、お前のそれ、俺にもあったよ」という言葉は、燃え殻さんにとって嬉しいものですか?
燃え殻:それこそ居酒屋で飲みながら知人に話したとき、「わかるよ」って言ってもらえる感覚ですね。できれば、「ですよね! あなたのほうはどんなことがありました?」って訊きたいぐらい。先日、久しぶりにトークイベントをやったのですが、もう読者の方が、「こないださ~」みたいな感じで話してくれるんですよ。
水野:ずっと仲間が見つかっている感じがしてすごく羨ましい。
燃え殻:性別も年代もやってきたことも違うかもしれないけれど、「でも、この日はお前と一緒だった」と言われている感覚が嬉しいですね。きっと誰とでもどこかで何か繋がることができる一瞬はあるのだと思います。
水野:これから書きたいものというと?
燃え殻:「こういうものを書いてほしい」とか、「こういう仕事を一緒にしたい」って言われたものに全力で応えたいですね。
水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。

燃え殻:誰かを想定するより、自分を信頼して、自分をいちばんのお客さんだと思って、「これを自分はなんて言うかな?」と考えながら作ると、いいものができると僕は信じています。
水野:基本、すべて信じている。
燃え殻:今、僕は52歳で、本当にいろんなことを「どうしよう」と思いながら生きてきたんですけど、なんとなくやってこられたので。ひとのおかげだな、ありがたいな、これは信じるに値するなと思っているんですよね。
水野:だから僕は燃え殻さんが眩しく見えるんだと思います。自分はむしろ逆というか。どこまでも「信用できないな」と思っているところがあって。
燃え殻:でも、水野さんのそういう視点だから作れる曲があって。そう考えないと生きられないひと、どうしてもそう思ってしまうひとが、共感できるような命綱になっているんじゃないですかね。
水野:そうか、たしかにそれはあるかもしれません。
燃え殻:絶対にそうだと思いますよ。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:北川聖人
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週土曜夜21時放送
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