『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』軍司拓実さん【後編】

実際に起こした行動、作ってきたものしか救ってくれない

歌唱シーンを妖精みたいにはしたくない

水野:僕はHIROBAという活動をしているんですけれども、2023年2月にフルアルバム『HIROBA』を出しまして。そのなかで、大塚愛さんと一緒に作らせてもらった「ふたたび(with 大塚 愛)」という楽曲、軍司さんにMVを作っていただきました。実はこの作品が初めまして、でしたね。

軍司:はい。あれからですね。

ふたたび(with 大塚 愛) Music Video|HIROBA

水野:このMVはどのように作っていかれたのでしょうか。

軍司:まず、お聴きした第一印象は正直、大人で素敵な楽曲だなと思いました。落ち着いていて、でも次第に温まっていくような。その雰囲気を自分なりにどうお届けできるか、最初すごく考えたのを覚えています。

水野:軍司さんに青葉台スタジオへ来ていただいて。いきなり僕とあの大塚愛が。素直にものを言う大塚愛が。そんなこと言ったら大塚さんに怒られちゃうけど(笑)。緊張しますよね。

軍司:めちゃくちゃ緊張していました。

水野:MVからはストーリー性みたいなものを強く感じて。僕もどう撮られるのかドキドキした部分がありました。いきものがかりでは吉岡が歌うから、僕自身が歌うシーンを撮られるってあまりないんですよ。でも、自分がある種、大塚さんとメインになる瞬間があって。しかも、お芝居もあって。どうなるのかなって。それがすごく温かさを感じるMVになって、ありがたかったです。

軍司:ありがとうございます。自分だけではちょっと足りないのではないかと思い、脚本家の伊吹一さんにも特別にお話を書き下ろしていただいて、それをベースに作らせていただきました。その結果、個人的にもより感情移入して作ることができたなと思っていて。楽しかったですね。

水野:はい。

軍司:あと、先週のお話にも関わるのですが、大塚さんも含めてお話しているとき、「歌唱シーンを妖精みたいにはしたくない」というお話をしていたのが印象的で。それはやっぱり温度感というか、現実との乖離感というか。演出のポイントとして重要になるところだなと思いました。

水野:MVあるあるで、映像のなかで物語が進行しているとき、歌う人間が現実と乖離した、神様視点、天使視点、それこそ妖精みたいな存在になってしまいがちで。だからこそ大塚さんも僕も、お芝居の世界と同じ次元の男女が歌っているように撮れたらいいなと。

上白石萌音さんのすごさ

水野:さらに最近、上白石萌音さんがニューアルバム『kibi』をリリースされて。僕は収録曲「まぶしい」を提供させていただいたのですが、このMVをたまたま軍司さんが手がけられていて。

軍司:そうなんですよね。びっくりしました。

上白石萌音「まぶしい」Music Video

水野:こちらはどのように作っていかれたんですか。

軍司:僕が最初に考えてしまったのが、いろんな時間の制約もあったので、「女性のキャストさんをひとり、OLさんみたいに立てて、表で頑張っている自分と、裏で落ち込んじゃったりする自分が在りながら、萌音さんがそれを応援している」みたいなもので。「そういうのはどうですか?」って萌音さんにお話したことがあったんですけど、「頑張るバリキャリOLソングにはしたくない」って、きっぱりおっしゃられたことをすごく覚えていて。 

水野:なるほど。

軍司:それからあの曲のテーマについて丁寧に説明してくださって。なるべく普通の、フラットななかでの、それこそアルバムタイトル『kibi』だと思うんですけど、「寄り添うような機微にフォーカスしたいんです」って。そのお話を踏まえて聴き直すと、水野さんがまさにそれをすべて包括したような楽曲を作られていて。

水野:いやいやいや、結果褒めてもらって(笑)。

軍司:ちょっと自分の視点が甘かったなと。それからもう1回、どんどん演出を考えていきました。

水野:この番組を使って、上白石萌音さんのすごさに向き合ったふたりとして伝えたいんですけど、今、軍司さんのお話を聞いていて思ったのは、「俺もそうです! 上白石さんにそう言われました!」ということで。

軍司:(笑)。

水野:彼女のすごいところは、自分がどう見られているかの解像度が高く、何を表現したいかの軸がしっかりしているから、YESもNOもはっきりしているんですよ。気持ちいいぐらい。それが僕らに考えるヒントをたくさん与えてくれているし、上白石さんのアーティストとしてのすごさなのかなって。

軍司:音楽的にも、やっぱり恋愛のいちばん楽しい時期とか、過激な感情を歌う楽曲が多いと思うんですよ。でもそうじゃなくて、素のフラットな視点を見つめ直して、そこと向き合って、クリエイティブに変換するってすごい視点だなって。

水野:どんどん上白石萌音さんの話になっちゃうけど、今おっしゃられたように、世のなかに過激なことが多いなかで、上白石さんが演じられている役、上白石さんの歌、それらは語弊を恐れず言えば、「そこにいそう」じゃないですか。「普通」。もちろん普通ではないんだけど。でも、普通を表現するっていちばん難しくて。

軍司:はい。

水野:過激にして、遠く見せれば見せるほど簡単。それはそれで大事なんだけど。でも「普通」って、みんなが持っている感情にもっとも近いもので、「そこにいそう」って、実は表現しづらいこと。そこに彼女は向き合っていて、だからこそ今作のテーマが“機微”なんだと思うんですけど。「そのテーマを与えられたとき、我々はどう考えるのか」と。僕らふたりは今、共感したんだと思う。それであのMVなんですね。

軍司:ともすれば足し算になってしまうので。最初の案はもう後半、女の子は解き放たれて、眩しくキラキラしながら踊ります!みたいな感じだったんですけど。「ちょっとそういうのも違うかもしれないです」と。

水野:うん、うん。

軍司:そこから、スタジオにいろんな“普通のもの”を用意して、「歯磨きをしているだけ」とか、そういうところに特化していこうと。あと、あのMVは一度撮影して編集したものを、紙に印刷して。それをもう一度、スキャンし直して、紙のざらざら感が映像に出るようにしたんです。それぐらい空気感というか、気配みたいなものがMVでも伝わったほうがいいのかなと。ああいう映像になりました。

水野:軍司さんは、「これからこういう作品を作っていきたい」みたいな、青写真ってありますか?

軍司:10代~20代前半から、「MVを監督できる人間になりたい」と思っていたので、今ありがたいことにそういうお仕事させていただいていて、それはずっと続けていきたいなと。

水野:はい。

軍司:一方で、いろんな役者さんとお会いさせていただいて、そのすごみに触れたり、短編映画にちょっと参加させていただいたりする機会があって。意外とこれまで、セリフを使ったお芝居をちゃんと作ったことがないかもしれないから、撮ってみたいなというのは最近ずっと考えていますね。

水野:これはおもしろそうですね。観たいな。軍司さんの映像も写真も、ストーリー性を感じる作品が多いように受け取っているんですけど。物語自体を撮っていくことに興味が動いているんですかね。

軍司:そうですね。MVだと、どうしても曲の尺で作るので、その間にうまく伝わるものじゃないといけない。しかも基本、サイレントで伝わるストーリーになってしまうので、会話劇とは無縁で。

水野:そうか!矛盾するようだけど、MVって映像自体はサイレントなんですよね。そこに音楽が乗っているという構造。これがお芝居となると、現場の環境音とか、役者さんの会話の呼吸とか、如実に音として表現になっていく。まったく違う世界ではありますよね。

軍司:まさに。その息遣いとか間の作り方を、自分がどこまで演出できるかっていうと、正直まだできないと思うんですよね。だからこそ今、作ってないがゆえの興味が湧いています。

水野:まだ軍司さんが触れてないゾーンがたくさんあるってことは、未来が広がりますね。その経験を得てMVを作ったら、また違ってくるんじゃないですか。

軍司:そう言っていただいたおかげで、ちょっと楽になりました。MVの世界ってどんどん若手の方が上がってきていて、「アシスタントやっていたあの子がもうこんなの作っているんだ」とか、SNSでつい見ちゃったりするので。そういうなかで、「もしかして自分の天井は近いんじゃないか…」とも思ったり。でも、もうちょっとひらいてできることがあると、教えていただいた気がします。ありがたい機会です。

0と1の間に変な膜がある

水野:さて、この番組では最後に、これからクリエイター、ものづくりを目指すひと方に何かメッセージをいただけたらと思います。

軍司:作ること。それ以上でも以下でもないなと思うんですよね。作ったものがあれば、それを自分で捉えなおせるし。「あ、この手法は好きじゃなかったな」って次の手法を探せるし。逆に、それがよかったら、発展させていけばいいし。いろんなひとに見せることもできるし。すべてのものづくりのスタートって、作る以外はないなと。だからまずは作ってみてください。

水野:まずは一度、具象化するというか。出す。

軍司:はい。「こういうのを考えていて…」とかじゃなく、まずラフスケッチから始めて、本気で着彩して、完成という形を作る。そういうところに一度、立つことがひとつ重要だなって思っていて。あと、0と1の間に変な膜がある気がしていて。みんな頭のなかにはすごい世界があるんですけど、それを現実に出すとき、変な膜があって、そこに半分以上は持ってかれて、ピュッって出るみたいな。

水野:はい、はい。

軍司:それが、練習しているうちに、膜に引っ張られなくなって、自然と出せるようになる感覚が僕はあるんです。その出す練習ができてない状態ってよくないと思うので、まずピュッと出してみる。そして、それが思っていた100に対して1しか出てないことに気づく。そういうことがベースだなと思っています。

水野:本質的だと思います。ちょっと乱暴に言うと、ごちゃごちゃ言わずに早く作れと。

軍司:でも本当に、実際に起こした行動、作ってきたものしか救ってくれないというか。この世界に入ったのも、たまたまSNSで目にしたワークショップに参加したことが最初のきっかけで。しかも参加料とか必要だったんですけど、なけなしのお金で参加したんです。それも自分ですごく覚えていますし。

水野:へぇー!

軍司:あと、お金もないなか作って、編集して出した作品が、意外とFacebookとかで見てもらえて、お仕事が来たりとかもしたので。何か行動したり、作ったりしていれば、すべて繋がってくんじゃないかなって。

水野:一度アクションを起こしたことによって、必ず何かしらリアクションが返ってくる。そして次のアクションに繋がっていく。実感を込めて言われると本当に説得力があるなと思います。今回は2週間にわたって、映像作家の軍司拓実さんをゲストにお迎えしてお届けしました。ありがとうございました。

軍司:こちらこそありがとうございました。


Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。

文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週金曜夜24時30分放送
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/

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