柿原朋哉 第3回

変わることによって生まれるおもしろさと、
変わらないという人間らしさ

HIROBAの公式YouTubeチャンネルで公開されているトークラジオ『小説家Z』。こちらはアーカイブ記事です。

「売れる」と「強い」は別物?

柿原:音楽って、主導権はどうなんですか?

水野:難しいですね。言葉がある音楽とない音楽でもかなり違うと思うんですよ。言葉ってかなりベクトルを持っちゃうので、それは気をつけるようにしています。でも音楽もやっぱり、主導権を聴き手に持たせたほうが強いときは強いですね。

柿原:強いというのは、どういう意味なんですか?

水野:そのひとのパーソナリティーと深く結びつく。これもよくする話なんですけど、自分たちがいちばん知ってもらった曲が「ありがとう」で。なんでもない曲なんですよ、あれ。

柿原:いやいやいや!

水野:みんな、「いやいや」って言うけど、なんでもない曲だと思っていて。ただ、「ありがとう」と言う場面ってひとによって全然違うじゃないですか。10年やっていると、葬式で流したってひとも出てくるんですよね。

柿原:たしかに。

水野:あるとき、女性の方がパーっと寄ってきて、「もし水野さんに会える機会があったら、絶対に伝えたいと思って」って。ずっと一緒に過ごしてきたパートナーの方が、末期がんになられたと。闘病中、ふたりともいきものがかりが好きだったから、「病室でアルバムをよく聴いていたんです」と。事情があって結婚はされてなかったらしいんですけど、亡くなる直前に結婚されて、ふたりで籍を入れて。そしてお別れの時間のなかで、「ありがとう」という曲がすごく大切になったと。「出棺のときも流したんです」って涙ながらに喋るわけですよ。

柿原:すごいお話。

水野:これほど光栄なことはないし、僕もグッと来ちゃうんだけど、これは曲がすごいんじゃないなって。だって、そのおふたりが過ごした時間がそこに乗っかるということが大事なことで。その方が一緒に過ごした時間を含めて、亡くなった方に「ありがとう」って言いたくなる瞬間があったと思うんですね。それに結びつけるって、生半可なことではない体験をして。それはすごくロマンがあるというか、作っている意味があるなって。

柿原:うん、うん。

水野:だからこの作品も、柿原さんが知らないところで、しかも柿原さんが思ってもいないフレーズで、「これは私の人生にとってすごく大事な言葉だ」って言うひともいると思うんですよ。そこにロマンが。だからやっぱり主導権は、最終的には受け手が持ったほうがいいんじゃないかなって。その強さをすごく感じています。

柿原:音楽って「売れる」と「強い」はまた別物なんですか? 別に強くないけど、売れることもあれば、強いけど、売れないこともあるんですかね。

水野:いや、わからないですね。「いい曲と売れる曲は違う」とか、みんな物知り顔で言っているから、「そうですよね」とか僕も言うんだけど。実のところわからない。僕、売れたいと思っているから、そこには真正直に頑張っているんですけど。たとえば、みんなが、「ダサい」って言う曲あるじゃないですか。

柿原:はい。

水野:僕らも散々言われてきたけど、それってどうでもよくて。仮に僕が、「死ぬほどダサいなー。こんな曲は書きたくないな」と思ったAという曲があるとするじゃないですか。でもそれは僕とその曲との関係性であって。そのAという曲に柿原さんが感動して、たとえばご家族とか、付き合っている方とか、自分にとって大切なひととの物語のなかで大事な曲になっているなら、Aは名曲なんですよ。柿原さんにとって。

柿原:はい。

水野:そのひとりひとりとの関係性がいちばん大事で。あえて言うなら、そのひとりひとりとの関係性をどれだけ多く作れるかが、書き手の試されているところである気がして。その関係性を作りやすいように、いい曲にしたいとか、作品を書きたいって思うようにしているんですけど。

お父さんが息子に1冊だけあげた本が…

柿原:今、お話を聞いていていて思ったのは、強い、売れる、みたいな話で言うと、売れるからより強くなっていく部分もあるなぁと思って。さっきお話していた「ありがとう」を知らないひともいるわけじゃないですか。

水野:そうです、そうです。

柿原:でも、売れることによって知ってもらえるから、より強くなっていく。知ってもらえることで刺さるひとも増えるから、相乗効果なのかな。両方が大事なんだなと思いました。あと水野さんは先ほど、「曲がすごいわけじゃない」とご謙遜なされていましたけど。

水野:でも本当にそうなんですよ。

柿原:小説で言う装丁みたいだなと思って。その方の人生を小説にしたものに、タイトルだったり、装丁だったりをつけるときに、選ばれて流した曲なわけじゃないですか。その方の人生を象徴する大事なものになっているってことなんだなって思って。結構、装丁を決めるのって難しいというか。タイトルもそうですけど。

水野:わかります、わかります。

柿原:それぐらい重要なことをされたんじゃないかなって。そんなふうに使われるのってすごいですし、自分が作るものもそういう存在になっていってほしいなと思いました。

水野:いや、なるんじゃないですか?

柿原:なりたいですね。たとえば、お父さんが息子に1冊だけあげた本が自分の本だったら嬉しいよなって。

水野:それすごいですね。

柿原:自分の名前が誰かの人生に入っていると嬉しいなと思ったりしましたね。

水野:明治の文豪はそういうのをいっぱい経験しているでしょうね。まぁ本人が知ることはないんだけど。父親が、「このような人間になってほしいんだ。宮沢賢治の『雨ニモマケズ』」ってありそうですもんね。

柿原:ありそう。そうなりたいですね。

水野:だからロマンがあるなぁ。作品って死んでも残るし、離れていくことのおもしろさがある。作品自体が匿名な存在になっていくというか。

柿原:たしかに。

人間にしかないもの

水野:柿原さんが書いたこの『匿名』という作品は、今の時代にビビットに響くテーマ設定だと思うんですけど。これが10年後に読まれたときにまた違った解釈もされると思うんですよね。匿名ということに対しての見え方が、また10年後は違っていると思うので。

柿原:そうだと思います。もう当たり前になりすぎているかもしれないですし。はたまた流行りが終わっているかもしれないですし。身分がわかるものしか、聴けないし、観れない、みたいな時代が来ているかもしれないですからね。

水野:ちょっと話が派生するけれど、「本当に人間が書いたの?」って次元にいく可能性もあるから。生身の人間が書いているものと、AIが書いているものと、わからなくなる時代。それは僕らが想像しているよりわりと早く来るらしいということが最近わかってきているから。

柿原:怖いですね。最近のイラストのAIとかすごいスピードで成長しているし。

水野:余談になっちゃいますけど、そこらへんはどうですか? 僕よりビビットにネットの文化に触れていらっしゃると思うので。しかもプレイヤーのひとりとして。どんな世の中になっていくと思いますか?

柿原:いや難しい。そんな大した回答できないですね。絵と音楽と映画とテレビ番組と小説と、それぞれで違った進化をする気もするんですけどね。でも小説に関しては、やっぱり人間が感じたものが書かれてないと、とは思うんです。AIの精度がすごすぎたら、太刀打ちできない時代も来るかもしれないですよね。ひとりで100人ぐらいのデータベースを持ったAIが現れたら、その経験の量に勝てないみたいなことは起きる。

水野:はい。

柿原:でも、さっきの読み手に主導権があるってところでいくと、主導権がある読み手がAIが書いたものだとわかっていて読んだら、「AIが書いているものだ」って思っちゃう気はするんですよ。ドラマとか映画で、AIが書いた脚本を人間が演じていたら、あんまり気にならないと思うんですけど。主導権が大きい小説は、あんまり浸食されないんじゃないかなって。希望も込めて思いますね。

水野:映像の場合は、1アクション挟んでいますもんね。

柿原:映像までAIが作っちゃったらどうなるんだろうって感じですけど。役者もAIでってなってきたら、もうわからない。

水野:でもね、人間って動的なものじゃないですか。たとえば、今日の柿原さんと明日の柿原さんは絶妙に違う。僕と会話をしたという経験を踏んで。

柿原:違うと思います。

水野:。今日出会ったとか、何かが起きたっていうことを踏まえての明日だから絶妙に変わっていると思うんですよ。もちろん大事件はそうそう起こらないけれど、1日1日老いていっているし、変わっている。データベースが常に固定されていなくて、更新されているおもしろさはあって。その動的なものを維持できればAIにも勝てるものがあるんじゃないか。

柿原:なるほど。

水野:AIはある時点での統計の過去値からしかスタートできないっていうのが、あるんじゃないかなと。

柿原:たしかに。あと今、水野さんがおっしゃったことと、ある意味逆の視点になっちゃうかもしれないんですけど。変わるという人間性の動的な部分がある一方で、変わりたいけど変われないっていうこだわりだったり、意地だったり、そういうものも人間らしいなと思っていて。

水野:あー、なるほどなるほど。

柿原:AIのほうがもしかしたら更新スピードが速いのかもしれないし。

水野:躊躇がなさそうですもんね。

柿原:意地とかないから、「そっちのほうが売れるんだったらそうします」って書き換えられちゃうかもしれない。でも、「この作家はずっと母性について語っているな」とか、「これを書き続けるぞ」って意地みたいなものもまた人間にしかないのかもなって思ったりしました。だから変わることによって生まれるおもしろさと、変わらないという人間らしさは、両方あるのかなって気もしましたね。


文・編集: 井出美緒、水野良樹

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