今なぜ、野球場をつくるのか
打たれる側のピッチャーがバッター用の野球場をつくる
水野:HIROBAという活動をやっていまして。このコーナーは、いろんな分野の方をお招きして、ひとつのテーマについて一緒に話してもらうという企画です。まずは、まさかの海老名市民球場(正式名称:海老名運動公園野球場)に来ていただき、ありがとうございます。
斎藤:ここは水野さんの思い出の場所ということですね。
水野:そうですね。僕は中学の頃まで野球部にいた野球少年で、ここで試合をしていたので、実はかなり思い出がありまして。
斎藤:今日、来てみて最初に思い出すのはどんなシーンですか?
水野:僕が入った野球部は小さくて、3年生の先輩6人と2年生の僕ら6人の合計12人しか部員がいなかったんですね。そして3年生の夏の大会、最後の試合で僕はピッチャーだったんですよ。そのとき、僕の押し出しサヨナラ負け、という非常にツラい結果で。それがすごく申し訳なかったな、と。そんな思い出です。
斎藤:マジですか。失礼な言い方しますけど…、よくその悔しい思い出で野球を辞められましたね。
水野:カッコいい…!
斎藤:いや、わからないですけどね! その後ってひとによるじゃないですか。でも水野さんは今、ここまでスーパースターになられて。最後の押し出しが素晴らしい経験になったんだろうなって。
水野:ありがとうございます(笑)。こんな形で褒めていただけるとは。今日、対談場所が海老名市民球場であるのは、僕が野球に関わったところをピックアップしていただいたのもあるんですけど、斎藤佑樹さんが現役を引退されてから、野球場づくりをされているということで。
斎藤:そうなんですよ。
水野:選手生活を終えられて、また新しいチャレンジをするなかで、どうして“場づくり”を考えたのかなと。
斎藤佑樹(さいとうゆうき)
2006年、早稲田実業学校エースとして夏の甲子園に出場し全国制覇。「ハンカチ王子」の愛称で大フィーバーを巻き起こした。早稲田大学に進学後、2010年ドラフト1位で北海道日本ハムファイターズに入団。ルーキーイヤーから6勝をマークし、プロ2年目には開幕投手も務めたが、度重なるケガに悩まされ登板数も伸びず、2021年10月に引退を発表。現在、株式会社斎藤佑樹を立ち上げ、『野球未来づくり』をビジョンに掲げて精力的に活動している。
日本テレビ系「news every.」月曜・火曜キャスターとして出演中。
斎藤:その質問をあらかじめ見せていただいたとき、ハッとしました。今の時代に、ソフトじゃなくハードを作るという選択をしたのはなぜだろうって。まず、僕も水野さんと同じく野球少年で。当時はピッチャーもやるんだけど、バッターとしてもチームの主力としてやっていて。で、地元の群馬県って校庭を含め、広い場所ばかりだったんです。そのなかで野球をすると、大体、足の速い選手がランニングホームランになりやすい。
水野:はい、なるほど。
斎藤:だけど、プロ選手になってからその常識がシフトチェンジしまして。普通のホームランって、スタンドインして、ゆっくりダイヤモンドを駆けるものだよねって。というのも、僕の後輩に清宮幸太朗という選手がいるんですけど。リトルリーグの世界大会で、彼がホームランを打って、アメリカの野球場のダイヤモンドをゆっくり一周する姿を見たとき、「あ、アメリカには子どもたち専用の野球場があるんだ」と気づいたんです。
水野:サイズが小さいというか。
斎藤:そうなんですよ。そういう野球場って日本にはないなと。自分は小さい頃、当たり前のようにランニングホームランを打っていた。でももし当時、斎藤佑樹少年が子ども専用の野球場でプレーしていたら、その後の僕はピッチャーじゃなくてバッターになっていたかもしれない。そんな思いを抱き、まずは子ども専用の野球場をひとつ作ってみたいなと、作り始めている段階です。
水野:素人考えで申し訳ないのですが、とはいえ斎藤さんはピッチャーじゃないですか。いちばん打たれたくないものがホームランだと思うんですけど…。
斎藤:たしかに(笑)。
水野:ホームランを打たれることがもっとも嫌な立場で、選手生活を送られてきて、競技のレベルとしてはトップであるプロの世界にいらっしゃった。そういう方がホームランを打ったり、ボールを遠くに飛ばしたりするおもしろさを、子どもたちに味わってもらいたいと思える転機って何だったのでしょう。
斎藤:その質問をされたのは初めてかもしれません。「野球人だから野球場をつくるって、まぁわかる」ってよく言われてきましたけど、たしかに、打たれる側のピッチャーがバッター用の野球場をつくるって不思議ですよね。僕は野球を見ていて、いちばんおもしろいシーンって、三振とホームランだと思うんですよ。そして自分は三振を取る側の人間だった。だからホームランを打たれると、やっぱり悔しいという感情になる。
でもあるとき、ホームランを打たれた球場全体がワッ!って湧いたんですよね。その強い熱量も僕は感じて。引退した今だからこそ、三振も取れる、ホームランも打てる、そんな野球場ができたらいいなと思うようになりました。子どもたちの経験として、最初のホームランでちゃんとスタンドインできる。そんな記念すべき第1球が自分の宝物として手元にあったら、その先の野球人生は大きく変わるんだろうなって。そういう思いでいますね。
「斎藤佑樹だから」できる野球界への恩返し
水野:斎藤さんは、普通のひとが経験できないぐらいの注目を受けてこられたじゃないですか。「自分はどう在ればいいんだろう」ということをずっと強いられてきたと思うのですが、どうしてそんなに他者のことを考えられるんですか? お話を伺っていると、子どもたちの経験とか、お客さんたちの熱量とか、ご自身の視点だけじゃなく俯瞰して球場を見られているんだなって。
斎藤:その理由は2つあります。ひとつはやっぱり「斎藤佑樹だから」というところ。「ハンカチ王子」と言われたあの夏から、18歳の高校生にバッっとメディアが集まるという、今思えば異様な光景ではあったと思うんですけど。良くも悪くも本当にいろんな方に注目していただいて。そのなかで良い思いもさせていただきながら、プロ野球選手時代には怪我もあり、成績もまったく出ず、それでもメディアの方に注目していただいた。
それってある意味、ずっと誰かの目に留まっている状態を作ってもらっていたということなんですよね。そのなかで斎藤佑樹は、他の野球選手とは違うキャリアを歩ませていただいた。では、そんな「斎藤佑樹だから」できる野球界への恩返しは何だろうと考えたら、そういう“メディアの方に注目してもらう力”を活かして、世の中に発信をしていくということじゃないかなと。
そうやって僕が「野球場をつくる」と発信していったら、やがて全国各地の野球ファンにも、「あ、斎藤佑樹がこんなふうに野球場をつくるなら、俺でも(私でも)できるかもしれない」って思ってもらえるかもしれない。そして、「子どもたちが野球できる環境がない」とか「キャッチボールできる場所がない」という声も、日本全国にもう少し増えていったら嬉しいなと思っているんです。
水野:はい。
斎藤:もうひとつは、何かを目標にして、仲間みんなで力を合わせてゴールに向かって歩んでいく、ということが大好きだというところ。自分ひとりで野球場をつくるんじゃない。地域の方々と、子どもたちと一緒につくる。草刈りをしたり耕したり、全部みんなでやる。そういう「野球場をつくる」というゴールに向かって、みんなで一緒にやりたいなと思ったからこそ、生まれたビジョンですね。
水野:すごいですね。実際に作業もかなりされているじゃないですか。
斎藤:そう、重機の免許も取って。自分が「みんなでやろう」と言ったからには、監督ではなくプレイヤーでいなくちゃならないなと思うので。僕が1番バッターじゃないと。そこから、「斎藤佑樹がやっているんだったら、ちょっと手伝ってやるか」というひとが増えてくれたら嬉しいですね。
理想はボールパーク
水野:理想の野球場が完成して、ひとが集まってくるようになったら、どんなふうに楽しんでほしいですか?
斎藤:野球をやる側の子どもたちが楽しめることはもちろん。でもそれだけじゃなくて、ボールパークをイメージしているんです。野球界の課題としてずっとあるのは、親御さんの負担が大きいこと。送り迎え、お昼ごはん作り、お茶汲み当番。やっぱりそれが楽しくないから、みなさんから「大変」という声が出る。野球もそうですけど、たとえ大変でも楽しければやりたいと思うじゃないですか。
だから、親御さんたちが来ても遊んで帰っていける野球場にしたいんです。カフェ、温浴施設、宿泊施設、サウナ、まわりにそんな付帯施設として作ることができたら、野球に興味がない方・やらない方が来ても、「あの野球場に行ったら特別に楽しいよね」って言ってもらえるんじゃないかなって。そういう野球場をつくりたいです。
水野:基本的に斎藤さんはひとを楽しまたいんですね。ずっとエンタメの話をしていらっしゃる気がします。
斎藤:そうかもしれないですね。水野さんは、エンタメのエネルギーってどこから湧いてくるんですか?
水野:メンバーともよく話していたんですけど、最初は「褒められたい」だったと思います。そしていきものがかりは、ストリートライブというまさに“場”からスタートしたグループで。当時、駅前で演奏しながら、「僕らのことを見るためにここを歩いているわけではない通行人の方々に、振り向いてもらうためにはどうすればいいか」ということをすごく考えて努力したんですよ。
だから今、斉藤さんのお話を伺いながら、「興味がないひとにも、楽しいと思ってもらいたい」という精神が似ているなと共感してしまいました。今でも、僕は外側のひとに聴いてもらいたい気持ちが強いと思います。同じように斎藤さんも、常により外側に手を伸ばそうとしていらっしゃるのかなって。
斎藤:野球のプレイヤー人口が減ってきているとよく言われるんですよ。でもそもそも日本の人口・出生率が減ってきているんだから、それはしょうがないと思っていて。ただ、野球に興味を持ってくれる方は増やしたいじゃないですか。今まで「野球なんて知らない。何が楽しいの?」って言っていた方たちに対して、アプローチできる野球場にしたい。まったく興味なかったけど、ちょっとやってみようとか、気づいたらボールを持っちゃっているとか、そうやってみなさんが野球へ繋がっていくことが僕の目指すところですね。
文・編集: 井出美緒 水野良樹
撮影:軍司拓実 谷本将典
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:海老名運動公園
協力:株式会社 斎藤佑樹
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