自分のベストパフォーマンスは
こうして作っているネタのことを喋ること
芸は人なり
水野:落語の古典って、ひとつの物語をずーっとたくさんの方々がやられてきているじゃないですか。だからファンの方は、「あの噺をこのひとはどうやるのか」という楽しみ方もされる。ひとつの土台にみんなで手を加え合って楽しめるって、改めてすごい構造だなって。
吉笑:たしかにそうですね。僕の好きな「親子酒」という古典落語。見せ場でいうと、「もう一杯、もう一杯とたくさん飲んでいるうちに、この男はベロベロに酔っ払ってしまいまして…」とナレーションで時間経過を表現して、次の瞬間「酒ぇ持ってこい〜!!」って急に酔っ払った演技にバーン!と入るところなんですね。そこで人間国宝だった五代目柳家小さん師匠はドン!とウケる。でも、自分がやってもウケないんです。演技として説得力がないから。言葉の重みの差というか。
水野:なるほど。
吉笑:で、名人の五代目小さん師匠はウケるけど、自分はウケないとなると、皆さん、説得力の差を埋めるためにあの手この手で工夫をするわけです。酔っぱらい方を変えたり、強いワードを入れ込んだり。そういう試行錯誤は見ていておもしろい。落語家として同じ問題意識を持っていて、「あなたはそんな解決方法を見出しましたか!」みたいな。もちろん理想は過剰な工夫など入れずとも、酔っぱらっている演技だけで笑ってもらえる説得力を身につけることなんですけど。
水野:その説得力とか、言葉の重みって、どこから出てくるものなのでしょう。
吉笑:小さん師匠は「芸は人なり」という言葉を遺してらっしゃいます。結局、それまでの人生が噺にすべて出るんだと。それを言われたらどうしようもないけど、確かにそうとしか思えないです。
吉笑:ところで自分もちょっとだけ音楽をやっているんですね。高校時代なんかは、マルチトラックレコーダーを買って、多重録音をしたり。
水野:はい、はい。
吉笑:僕のレベルだともう足し算しかなくて。ギターでコードを鳴らしてみる。そこにちょっとメロディーを足してみる。さらに別のフレーズを足してみる。ってどんどんやっていくんですけど、水野さんはそこから「引く」という作業もするわけですよね。
水野:そうですね。
吉笑:その「引く」ってどういう仕組みなんですか? あとメロディーを作るときにも、まず口ずさんだりするじゃないですか。自分の場合、誰かが作った既存のものが出てきちゃったりするんですけど、プロのミュージシャンはもちろんそういうわけにはいかない。要は、オリジナリティってどうやって作っているのだろうかと。
水野:再構築という意味では、吉笑さんのネタ作りと同じだと思います。もちろん独自の発想や新基軸はあるけれど。たとえば、擬古典だったら、「庶民はこういう口ぶり」とか土台となる素材は受け継がれる。音楽も、「この展開にはこういうメロディー」ってある程度は決まっているんだと思うんです。その構造自体を変えていこうというひともいるけれど。
吉笑:うん、うん。
水野:今の時点で何を選ぶか、何を削ぐか、みたいなことが個性になっている気がしますね。あと、他のひとだとウケないけど、「吉笑さんのこのタイミングが吉笑テイストでウケる」みたいなこともたくさんあるじゃないですか。同じ演目でも、そのひとにしかできないものがある、というオリジナリティの在り方にも近いと思います。
『スター・ウォーズ』も落語に…
吉笑:曲って、すらすら作れるものですか?
水野:ただ作るだけならできるんですよ。「いいものを作る」のができなくて。
吉笑:聴いて、「これは違う」ってなって、また別のものを作って。
水野:削って、削って。
吉笑:ずっと繰り返していったら、どこかで完成は見えるんですか?
水野:期限があるから、完成はしなきゃいけないんですよね。
吉笑:手応え的に、「この曲はこれだ!」みたいな感覚を掴むことは?
水野:これは説明しづらいんですけど…。サビから作ることが多いんですね。その1~2小節がバチッ!っとハマる瞬間はあります。そのときは自分のことを大天才だと思うんです。有頂天。だけど、その続きを作っていくたびに絶望していく。
吉笑:おぉ(笑)。
水野:「このアイデアやメロディーが、僕よりもっと技術も才能もあるひとに出会っていたら、もっといい曲になったのに。僕が曲を潰している」みたいな感じになるんですよ。
吉笑:えぇー!
水野:でも、それも耐えなきゃいけないから。もう「ここはいいはずだ、いいはずだ」って信じながら、なんとか作っていくパターンが多いです。ネタ作りはどうですか?
吉笑:いや、まさに同じ。今、クライアントワークで「脱炭素」をテーマにネタを作っているんですね。エンタメ界の全般が「どんどんCO2の排出を削減していこう」という流れになっているという設定を考えていて。どうなるかというと、ハリウッド映画も、撮影でたくさん機材を使うし、ひとも使っちゃう。だから今後は映画もなにもかも、すべて落語で制作されていきますよという物語を考えていて。
水野:はい、もう面白い(笑)。
吉笑:だから『スター・ウォーズ』も落語になるんですよ。
水野:ははは。
吉笑:とある親子が映画館に行ったら、落語家が出てきて、「はるか昔の話でございます…」って喋り出す。おもしろいじゃないですか。「誰だと思ったらアナキンか。なんや今日は」「いや、ヨーダの親方が…」って、そこもおもしろい。格闘シーンも落語だから、めちゃくちゃしょぼい。ライトセーバーも扇子だし。と、それぞれの断片はめちゃくちゃ面白そう。
水野:めちゃくちゃ、いい。
吉笑:それから、「これじゃダメだ。別のアニメを観に行こう」って、次はアニメ『ONE PIECE』を観に行ったら、アニメ界もCO2削減で落語になっていて。
水野:(笑)
吉笑:また同じ感じでおもしろい。ってこんなアイデアで15分くらいの噺を作るんですけど、ただこれが具体的に台詞を組んでいけばいくほど、どんどんボヤけていくというか、当初の面白みが薄まっていく。
水野:ああ、なるほど…。
吉笑:しんどいのはそこで、水野さんと同じですよね。
水野:考えたアイデアのおもしろい蜜の部分だけがかたちになればいいけれど。
吉笑:そう。アイデアを作るのは好きだし、得意なんです。でも下手をすればただアイデアを喋る時点が面白さのピークになっちゃって、落語にしたら劣化してるだけの気がしてくる。落語で表現するからこその面白みを発揮できていないんじゃないかと。
ぬか床に手を入れたくないだけの10分
吉笑:逆に、師匠方は演技そのもので盛り上がっておもしろい。そこが落語の真髄なんですよ。好きな古典で「ちりとてちん」と同じようなタイプの「酢豆腐」ってネタがあって。知ったかぶりをするひとに一杯食わすため、腐った豆腐を「酢豆腐です」って料理で出す。そして、食べたらまずいけど、「まずい」って言えないから、上品ぶる、みたいなところが核なんですけど。
水野:はいはい。
吉笑:でも、「酢豆腐」って30分ぐらいあって。その前半は、集まった町内の連中が、「ナスのぬか漬けを食べたいけれど、臭くなるから、ぬか床に手を入れたくない」というやり取りをするだけの15分なんですよ。物語に何の関係もない。情報もない。「お前が古漬けを取り出せよ」「やだよ。おまえが出せよ。出したらモテるぞ」「やだよ、お前が出せよ」と些細なことをただわぁわぁ喋ってるだけ。でも師匠方がやったら、そのやりとりを延々聴いていられる。それが落語の真髄だと思います。
水野:ああー。
吉笑:一方で、さきほどの「脱炭素」のネタなんかは、おもしろい切り口が伝わったら、そこがピークなんですよね。曲もまた、サビだけがよくてもダメで。イントロとか、すべて含めて1曲だから難しい。
水野:先日の武道館での弾き語りライブに、小田和正さんが出てくれたんですけど。以前、小田さんと一緒に曲を作ったことがあって。半年ぐらい、「こういうメロディー考えてきました」「ダメだ」という繰り返しの小田塾に通ったんですね(笑)。
吉笑:はい、はい。
水野:それでも、ある程度は出来上がって。しっかりデモを作って、弦も入って、ドラムも入って、構成も作って、渡したら、「いや…もう全部いらないよ」って。
吉笑:おぉ…。
水野:「ドラムも、なんならハットだけでいい。イントロもいらない」とか言われて。「本当ですか?」ってやってみたら、おっしゃる通りだったんですよ。きっと「歌の説得力だけで勝負しなさい」ってことだと思うんですけど。ちょっとした語り口だったり、声のトーンだったり、情報以前に伝わる何かがあるのか。いや…たどりつけないですね。わからない。
吉笑:水野さんの現状でもそういう実感なんですね。
水野:全然ダメですね。
文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:軍司拓実
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:かんたんなゆめ
https://www.instagram.com/kantan.na.yume/
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