「この山の上に何かあると思うなよ」と言いながら登っている。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:今回のゲストはティモンディの前田裕太さんです。

前田裕太(ティモンディ)
お笑い芸人。1992年8月25日生まれ、神奈川県出身。済美高校野球部、駒澤大学法学部を卒業。明治大学法科大学院に進学するも芸人の道に進むため中退。2015年1月、高岸宏行とともにお笑いコンビ・ティモンディを結成。ツッコミ・ネタ作成担当。2025年3月18日にエッセイ本『自意識のラストダンス』を発売。
ひとを輝かせる側の人間
水野:前田さんと僕は地元も近いのですが、今年3月に発売された初のエッセイ本『自意識のラストダンス』を拝読して、同じ種類の人間かもしれないなとドキドキしております。もともとは法律を勉強されていたとも伺いました。芸人さんの道に辿り着くまでのストーリーを教えてください。
◆エッセイ本『自意識のラストダンス』/前田裕太(ティモンディ)
前田:高校で野球を引退して、完全に燃え尽きてしまったんですね。「生きている意味すら…」と思ってしまうくらいで。それからたまたま大学の法学部に入って。大学の授業って大体、みんな横並びでスタートじゃないですか。事前の知識はそんなに必要なくて、新しく覚えていく。だから、高校時代にまったく勉強していなかった僕でも、ついていけないことはなくて。「他にやることもないし、勉強するか」と。
水野:どうしてなんでもできちゃうんですか? 野球は甲子園に行けなかった挫折はあるにせよ、強豪校で全国レベルまで行っている。まったく畑の違う法律の分野でも、大学院まで行っている。プロの芸人としても、紆余曲折ありながら、ちゃんと形にされている。さらに、趣味でキックボクシングに行ったら、「日本一になれる逸材だ」と言われてしまう(笑)
前田:大前提で、「最初はみんなできないよな」という脳だからだと思います。最初から期待値の高いひとのほうが、できなかったとき、「才能ないな」とがっかりして自分に絶望してしまう。でも、たとえば、ふとビルを見上げると、あの異常な高さの六本木ヒルズ、人間が建てているんですよね。そうは思えないじゃないですか。
水野:そうですね。
前田:僕と同じ人間の力で、こんなすごいものを建てられるんだと思うと、「時間さえかければ何だってできるんだろうな、人間って」と。そういうことに気づいてからは、いい意味でも悪い意味でも期待しなくなった部分はありますね。「壁が来て当然だよね」というスタンスだったから、逃げずにやってくることができた。
水野:小さい頃からそのスタンスですか?
前田:いや、高校時代まではゴリゴリのメンタルマッチョでした。「結果が出ないのは、努力が足りないからだ」とか、「働くことが正しい」とか、「頑張る・努力することこそ生きる意味だ」とか、そういうタイプ。でも野球の夢が破れてから、わりと肩の力が抜けていった感じです。
水野:どうして立ち直ることができたんですか?
前田:正直、まだちゃんと立ち直れてはいないのかもしれません。というか「努力は報われる」とエネルギッシュに魂が燃えるような感覚が、一度パツッとなくなってしまった。だから、「報われなかったとしても、道中が楽しかったら、まあいいかな」という目指し方になったのだと思います。弁護士もお笑いも。水野さんも「うおー!燃えるぞー!」っていう自分、難しくないですか?
水野:逆に、僕は燃えているほうが楽だと思うんですよ。盲信できるひとがまぶしい。
前田:ああ、もうわかります、わかります。

水野:僕は最初から、行為に対して結果がつくことを信頼してなかったので。多分、自分を信頼してないんだと思う。前田さんは、自身への信頼が揺らいだり、認められなかったりすることに対してどう折り合いを?
前田:「○をしてあげる必要もないし、×を集める必要もないかな」と思うようになりました。最近、“幸せ”についていろんなひとに話を聞いていくなかで、うっすらと答えのようなものをひとつ見つけたんです。それは「“幸せ”とは、状態ではなく感情なのでは」ということ。“嬉しい”や“楽しい”と同じもの。今まで僕は、幸せなことがあっても、「いや、これは本当に“幸せ”と言っていいのか?」とか考えてしまっていたんですけど。
水野:俯瞰で考えてしまうんですね。
前田:そうなんです。「これで幸せと言っていたらダメだ」と押さえつけていたところもある。だけど、“幸せ”を感情にジャンル分けできれば、別に折り合いをつける必要がなくて。ずっと同じ感情でいることなんてないわけだから。“幸せ”という感情に触れながら、うやうや言いつつ、生きていけるような気がしています。水野さんも自分の内側に矢印が向いてしまって、四苦八苦していたタイプなんですね。
水野:すべてを俯瞰してしまって、主観になれない。前田さんと同じく、捉え直してしまう。
前田:だから熱中しきれないんですよね。僕も悩んでいて。でも、それはカメラのレンズのようなもので。ひとつのものにフォーカスを当てて、まわりをぼやけさせることができるひともいれば、超広角で入れたくないものまで映してしまうひともいる。比較すると、前者のほうが見たくないものは見えなくなるから、きっと幸せなのだろうとも思います。まあ、こういうレンズで生まれてきてしまったからには、もうしょうがないなって。
水野:もうひとつ、前田さんとの共通点として、仕事のパートナーがものすごく明るい。
前田:確かに(笑)!
水野:うちのボーカル・吉岡聖恵は、おそらく世間のイメージ的にも天真爛漫でパッと明るい感じに見られている。そして、ティモンディの高岸宏行さんもそういうタイプ。まさに「元気」という言葉の代名詞のような方じゃないですか。

前田:そして、一緒に活動していると、こちらもぼんやりと同じ感じで括られる(笑)。水野さんも近い思いをしていらっしゃったんですね。
水野:笑いを作られる上でも、前田さんご自身が出るというより、ステージ上で高岸さんをどう輝かせるか、どう魅力を引き出すかを考えるところからスタートされると思うんですよ。僕が曲を作る場合も同じで。
前田:ひとを輝かせる側の人間ですね。もちろん自分自身が輝きたい気持ちもありますが、仮に自分が舞台にひとりで立ったとしても、高岸にはかなわないなと。さきほどのレンズの話で言うと、盲目的なひとのほうが見ていておもしろいんですよ。俯瞰して、達観して、ものごとをみるひとは、情熱が伝わりにくいのでしょうね。人間の感覚として、赤い炎のほうが高温そうに見えるというか。実が青いほうが高いんだけれど。
水野:わかります、わかります。
前田:とくに芸人なんて、ダサければダサいほどおもしろいじゃないですか。「お前アホだなぁ」って言われるような生きざまが。僕の場合、「こうしたらこう言われるだろうな」という、言われてもいない幻聴に想像で苛まれるときがありますから。たとえば、狩野英孝さんみたいに「わー!」って言って、まわりにも「わー!」って笑いが起きるのは、カッコいいなぁと思うんですよね。
水野:いきものがかりも狩野英孝さんに負けたんですよ。新百合ヶ丘の路上ライブで。
前田:ニュースで見ました(笑)。狩野英孝さんは、視野を狭く進める精神力や一生懸命さがあるというか。同時に、「そんなに視野が狭いからぶつかるんだよ!」っていう可愛げもあるじゃないですか。
水野:そう、僕ら可愛げはないから、狩野英孝さんに負ける(笑)。
ぶっ飛ばしてやりたい話

水野:エッセイにも書かれていましたが、前田さんはやる気スイッチを入れるため、ご自身の環境を変えていますよね。
前田:資本主義の競争社会に疲れてしまったんですよね。自分がやりたくて始めたことなのに、「負けるな、頑張れ、努力をするのが正解だ、お金を稼ぐ世の中が正しい」みたいな圧力でしんどくなって。そして、「そんなに肩に力を入れて競争しなくていいよ」という環境がたまたまフィンランドで、そういうところに身を置きました。みなさんが沖縄に行きたがるのも、そういう理由なのかな。
水野:資本主義の競争社会に対しても、俯瞰して見そうですが、いったん没入できたのはなぜなのでしょう。
前田:「お金を稼げたら、そこに幸せな人生が待っている」という幻想を置いてしまっていたんだと思います。しかも、「負けたくない」という原動力って燃えやすいと思うんですよ。野球で言えば、「たくさんのやつに勝って甲子園に行く」とか。お笑いで言えば、「誰かよりもおもしろくなってM-1で優勝する」とか。戦って勝つのはわかりやすいですから。夢を見ていましたね。水野さんはモチベーションってずっと変わらないですか?
水野:最初は、「フジロックとかに出ているやつらをぶっ飛ばしてやろう」みたいな(笑)。

前田:めっちゃいいじゃないですか!
水野:自分は“茶化してもいい優等生”みたいな立場を、人生でずっとやってきていて。「お前はマジョリティだ。優等生だ。できるやつだ。すべてを持っている」みたいなことを言われ続けてきたんです。だからこそ、「俺は個性がある」と思っているタイプのひとをぶっ飛ばしてやりたかったというか。「“俺は個性がある”っていうスタンス、みんな取っているから、むしろ凡庸じゃん!」みたいな。
前田:たしかにそうですよね。
水野:でも、もう何周もして、だんだんそこはどうでもよくなってきて、結局は何のためにやっているのかを考えて、最近は、「あれ、もしかしたら音楽が好きなのかも」という感じになっています。
前田:僕もまわりから、「俺ら持ってない側からしたらお前は…」みたいなスタンスで見られることが多いんですけど。実感として、「いや、足りてないことあるよ!」って思いません?
水野:足りてないことしかない。
前田:ですよね。わかったような口をきかれるの、すごくムカつきますよね。そういうやつらをぶっ飛ばしてやりたい。
水野:やる気スイッチの話から、ぶっ飛ばしてやりたい話になりました(笑)。
これが国立の図書館にも入ることを考えると…

水野:前田さんはどのあたりから文章を書くことをスタートされたのですか?
前田:売れてないときから、文章は書いていました。アメーバブログとか、半分日記のようなものを。
水野:『自意識のラストダンス』の原稿に対して、編集の方からはどんな感想があったのでしょうか。
前田:「辛気臭くていいね」って(笑)。
水野:素晴らしいですね。しかもこの濃さを維持して出版までこぎつけたのが素晴らしい。
前田:僕の個性をそのまま作品に仕上げてくれた感覚があります。みんなが買いたくなるような言葉、聞こえのいい言葉たちは置いていって、バーッと書いたので2カ月ぐらいでほぼ完成したんです。「さすがにここは行き過ぎているかも」とか、「ちょっと読みにくいね」とか、そういう部分は削いだり、優しい表現に変えたりして。普段の僕の、「高岸が輝くように」みたいな作業を、編集の方が試行錯誤してくださった感じがしました。
水野:そうか、お笑いのときとは逆の立場になるわけですね。赤裸々にご自身のことを書く行為は、前田さんにとって救いになりましたか?
前田:思い出さなくてもいいような過去を思い出して、自傷行為みたいな系統の感情にもなったりしたんですけど、膿の部分を切り取った感覚もあり。しかもこれが国立の図書館にも入ることを考えると…。

水野:そこまで俯瞰して考えていらっしゃるのが最高です。
前田:もはや繁殖行為じゃないですか。僕の遺伝子が世の中に残ったというか。だから少し報われた感覚があります。野球に対して、「競争が当たり前」とゴリゴリにやっていた部分は今もどうしても好きにはなれないんですけど。「まあ、これで“おもしろい”とか“わかる”とか、仲間が寄ってきてくれたなら、犬のエサぐらいのものにはなれたかな」という感じはしますね。水野さんも「同じ種類の人間」と言ってくれて、すごく嬉しかったです。
水野:これからもどんどん書くのでしょうか。
前田:いや、どうでしょう。「これから」って結構、難しくないですか?
水野:目標設定はしたくないですか?
前田:したくないのかな。「こうなったらいいなぁ」がいくつかあるぐらい。たとえば、「冠番組を目指してゴールデン帯で頑張ります!」とかを幸せの形として掲げるのは、僕にとって甲子園の二の舞というか、怖すぎて。その先で万が一、「ああ、こんなものか」となってしまったら、もう次の日には辞めている可能性がある。だから、絶望しないようにモチベーションを上げながら、四苦八苦、試行錯誤しながらやっていく気がしますね。
水野:とくにお笑いの方はわかりやすい指標がありますもんね。みんな登る山というか。
前田:そうなんですよ。芸人である以上、頑張りたい気持ちもありながら、「この山の上に何かあると思うなよ」と言いながら登っている感覚です。山の上に希望を持ってもないのに、でも頑張る、歩き続ける。まあ人生をまた見直して、生きることのなかでまた得られるものがあったらエッセイを書きたいですね。小説とかも書いてみたいですし。また、辛気臭いものを書きそうな気がしますけれど。
水野:ゴリゴリに書いてください。では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
前田:世の中には、どうしてもわかりやすい定規を当ててくるひとは多いし、その定規でいい数字が出ているひとたちのほうが幸せそうに見えると思います。チケットの売れ方とか人気とか、わかりやすい成功の形だから眩しくも見える。だけど、その数字のよさだけが、クリエイターの在るべき姿なのか?という気もしていて。むしろ数字の低いところ、「自分って…」というところが、意外と大事な個性になるんじゃないかなと思います。


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文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週土曜夜21時放送
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