対談Q 橋本直(お笑い芸人)第4回

日常のなんでもない話をおもしろくしたい

飛行機で配る飴ちゃんが…

水野:橋本さんご自身は、これからどうなっていくと思いますか? 

『細かいところが気になりすぎて』/橋本直

https://www.shinchosha.co.jp/book/355851

橋本:この本にも書かせていただいたんですけど、芸能界の話はほぼ出てこない。普段、一生懸命に生きているひとが「ムカつくな」って思うことを代弁して、鎮魂歌みたいな感じでちょっと浄化できればと思います。ニッチな共感というか。「あー、わかる、橋本」って笑ってくれたら嬉しいです。日常のなんでもない話をおもしろくしたいなという気持ちがありますね。

水野:その気持ちが軸なんですね。

橋本:そういうものが好きなんだと最近、気づきました。この前も、喫茶店で1時間ぐらい本を読んでいたんですけど。まだ仕事まで時間があったので、現場まで歩いていこうと。そうしたら、喫茶店を出て3分後ぐらいに便意が来たんですよ。なぜ喫茶店で便意が来なかったのかという後悔。

水野:(笑)。

橋本:30分くらい歩いていこうというプランだったのに、便意のせいでどうしようもなかったし。コンビニに行っても、「貸出はしていません」とかだし。で、そうやって歩いている途中に、見たことない洋服屋さんが出てきたんです。…ギリ行けるかと。

水野:はい。

橋本:そこのズボンのラインナップがすごくよくて。俺、便意60%~70%で、ズボンを4点試着したんですよ。結構、リスクでかいよな。でも、今日行かへんともう行かへんやろうしな。みたいな。その試着室でのギリギリ感がちょっと楽しかった…ていう。これ、なんでもない話。

水野:僕がさらに俯瞰して言うと、本当になんでもない話じゃないですか。

橋本:漏らしてもないし。

水野:結果的に何も起こってない。便意を我慢して買い物したお話。だけど、それを橋本さんが今ちょいちょいツッコミながら話すと、もう漫談になるんですよ。それは普通のひとじゃできない。「今日こんなことあった」っていう何でもない話が芸になっちゃうってすごいなと思います。

橋本:それ嬉しいです。あと、本のオープニングでも書かせてもらっているお話なんですけど。サウナで大学生4人が話していて。「大谷翔平ってすげえな」、「大谷翔平ってどういう車乗ってんの?」、「大谷翔平クラスになると」、「でも大谷翔平みたいになったら大変やろな」…、全員「大谷翔平」って言わんでええやろ!って。

水野:ここだけTikTokでバズる状態になっています(笑)。

橋本:大谷翔平を( )で閉じろ。方程式でいう(大谷翔平)×4や。そこで、誰かが「翔平はさ~」って言ったら、「お前は翔平っていうタイプかい!」とかツッコめるじゃないですか。ボケのひとは、そういうのを考えるのがおもしろいと思います。

水野:それは「どうしてひとを笑わせるのか」という話にもなってきて、芸人さんによっていろんなパターンの方がいらっしゃると思うんですけど。橋本さんがずっとおっしゃっている、「日常のなんでもない話をおもしろくしたい」という軸はとても理解しやすいですね。普通のひとたちの生活に関わってくるから。

橋本:「うわ、イヤな気持ちやな…」って思っても、バチッと「これ喋れる!」ってなったとき、自分もちょっと明るい気持ちになりますからね。

水野:生き方として強いですよね。

橋本:豚汁うどんのカップ麺にね、吹き出しがあって。そこに「熱々」って書いてあったんですよ。すると、話を聞いているお客さんは、「熱々って書いてあって何が悪いん?」って思うでしょう。でも、湯を沸かすのはこっちやから。熱々かどうかは、俺の沸かし方次第。「主導権はこっち!イキんな!」みたいな。そのツッコミを言った瞬間、「言われてみればそうやけど!」ってウケるのが、世界を変えたかのような瞬間で気持ちいいですね。

水野:すごいわぁ(笑)。

橋本:この前もANAの飛行機に乗っていて、飴ちゃんが配られたんですよ。メロン味とか、レモン味とか、ストロベリー味とか、ピーチ味とか。これ、ちょっとややこしいなと。ANAで配る飴ちゃんがピーチ…。ピーチ味だけはやめといたほうがいいんじゃないですか? ピーチ味だけ除くのはどうですか? これも気づき。

水野:でもそういう気づきの姿勢を持っているから、笑いになっていくんだなって(笑)

音楽のバケモノ具合

橋本:水野さんが曲を作るときは、「今回はバラードで感動してもらおう」みたいなコンセプトは考えるものですか?

水野:「聴くひとの感情をこうしよう」というのはできないけれど、同じようなことをしていると思います。たとえば、「泣けよ」って言われても泣けないけれど、「大変なことがあったんだね」とハンカチを渡されたら、その優しさに泣けるみたいなことがあるじゃないですか。だから、聴いている方がその曲によって、どんな感情を湧き起こしてくれるか、どうやって沸き起こりやすくするかということを考えるんですよ。

橋本:なるほど、感情の立ち上げの種を。YouTubeとかに上がっている曲のMVあるじゃないですか。あれのコメント欄って、みんな自分の話をしていますよね。「私は彼氏と4年前に別れて」みたいな。全員、自分の話。

水野:そう、それが理想なんです。実はみんな自分の話ってできないから。

橋本:曲をきっかけに話せる。短編小説ぐらいの長さのコメントありますもんね。「あの彼、今も元気しているかな?」みたいな。あのたくさんの自分の話、勝手に悪と思っていたところがありましたけど、むしろ曲が引き出しているというか、思い出させているわけですね。

水野:だから、「水野さん、こういう恋愛されたんですか?」とか、「本当はこう思っていらっしゃったんですね」とか、言われたときは「失敗だな」と思います。とにかく、聴き手の、聴き手の、という感じです。曲によって、誰かの“言葉にできなかったけど符合するもの”が反応するといいなと思っています。磁石みたいに。

橋本:それが音楽のバケモノ具合だなと思います。僕は歌詞が大好きで、歌詞カードとかすごく読むんです。でも、イントロとかメロディーラインで、「あ、あれを思い出した」みたいなこともあって。音色でしか感情を表せないというか。あれはお笑いでは出せないなと思います。どうしても言語になるので。

水野:ユーミンの「卒業写真」に<悲しいことがあると 開く皮の表紙>ってフレーズがあるじゃないですか。みんなが卒業アルバムの表紙、皮ではないと思うんですよ。

橋本:あー、時代も違うし。

水野:だけど、あのメロディーで、あの声で歌われると、皮の表紙じゃなくても、自分のアルバムを思い浮かべることができる。「中学のときあんなことあったな」って思える。それって恐ろしいことじゃないですか。

歌詞:https://www.uta-net.com/song/44584/

橋本:「少年時代」もそうですね。なんで、晴れていて、セミが鳴いている、夏のあの感じを…。

水野:見たことないひとが。

橋本:それぞれの景色を。

歌詞:https://www.uta-net.com/song/2568/

水野:曲が何かの感情の入口になる。それがお笑いでいえば、ツッコミで悲しみや怒りからうまく距離を取って笑いにして、場を明るくしたり癒したりすることに近いのかもしれません。

結局、ボケがいないとツッコめない

橋本:そう考えると、ツッコミは「ツッコめるとき」が多すぎて迷うことがありますね。それが的確かどうか。

水野:はい、はい。

橋本:たとえば、「いや、何も喋らんのかい!」でもツッコめちゃう。急遽ジャブで何かツッコミを入れられる。だから、一般の方と絡むMCは、ツッコミの方が多くなっちゃっているところはあります。誰にでも合わせられるし、ボケてなくても“ボケた風”にできてしまう。過剰にツッコんでもよくないので難しいんですよね。

水野:SNSを見ていると、ツッコミ的な話が誰かを傷つけている場合がたくさんあるじゃないですか。

橋本:多分、クラスの人気者もツッコミタイプが多いんですよ。芸人さんの真似事で、イジったり、ツッコミを入れていたらおもしろいってなりがち。だけどツッコミって、アウトボクサーなのでちょっとズルさもあると思うんです。芸人さんは基本、ボケのひとの大事さ、ボケ側がすごいことをわかっているから。

水野:敬意や優しさがあって成立するものというか。

橋本:ツッコミという名の暴力だったりしますからね。「いや、ツッコんでるだけやん!」って、ずるいなと。

水野:あー、音楽評論家に思うことが…(笑)。

橋本:ツッコミすぎたら鋭利ですから。刺さりますからね。

水野:ツッコミブームでもあるじゃないですか。何かを冷やかすとか、批評するとか、分析するとか。

橋本:基本、ハッピーベースというか、みんなが楽しくならないと間違えると思います。江口洋介さんも言ってましたもん。「そこに愛はあるのかい?」ってね。『ひとつ屋根の下』で。

水野:今、完全に世代が…(笑)。

橋本:やっぱり批評する対象者に対しての愛がないと。「これだけの批評ができる僕の観点すごいでしょ?」ってなってしまう。

水野:自分をよく見せる材料としてひとの話を使っている。

橋本:でも結局、ボケがいないとツッコめないのと一緒で、その楽曲なり、役者さんなり、演技なり、ドラマなり、作品なりが存在しないと、批評なんてものは存在しない。愛のあるツッコミ、愛のある批評であってほしいなと思います。

水野:橋本さんは、これからどんどんエッセイを書かれていくんですか?

橋本:書いていきたいですね。この感じで永遠に尽きることはないので。

水野:小説とかは書かれないんですか?

橋本:物語を書こうとしても、まだ自分しか喋れない。他のひとが動き出さない。エッセイは、自分が思ったことを書いているだけなので。小説、すごいですよね。どうやったら書けるんですか?

水野:いやいやいや。橋本さんは俯瞰して見ることができるひとだから、書けると思います。僕が小説を書いてみて思ったのは、たとえば群像劇で、女性のキャラクター、年配のキャラクター、いろんな視点で書けるのがおもしろいなって。自分を離れることがおもしろかったんです。

橋本:なるほど。

水野:たとえば、「大谷翔平」って言っていた、あの4人の大学生の立場になって物語を書いたら、橋本さんならではの作品ができそうだなと。

橋本:今、すごい観点をいただきました。たしかに、僕がツッコんでいる対象者が、なぜその行動に至ったのかを考えれば…。もしかしたら理由があって「大谷翔平」って全員言っていた可能性もある、とか。まずコントを作って、そこから文章にできそうな気がしてきました。いや、めちゃくちゃありがたいです。俺以外も喋るとなると、頭のなかでいろんなやつが喋ってうるさそうですけれども(笑)。

水野:エッセイに、「焼肉屋に行って焼肉がない」って話もあったじゃないですか。それを小説にするとしたら、焼肉がない理由をいろいろ考えられそうですよね。たとえば、「本当はこのお客さんに来てほしくない」とか。

橋本:なるほど! 厨房のほうで、「あのひと来てほしくないですね」「焼き肉がないって言ったら帰ってくれるんじゃないですか?」みたいなやり取りをしていて。そうしたらこちらも、「じゃあ、あるもので!」って返して、戦いが繰り広げられるみたいな。

水野:橋本さんしか書けないエッセイ+フィクションの小説が生まれそうです。

橋本:これは勉強になりました。ちょっとずつそういうのができたらいいなと思いますね。

水野:読んでみたいです。すみません、ファン目線で(笑)。今日はたくさんお話いただきありがとうございました!

文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:谷本将典
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:文喫
https://bunkitsu.jp

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