考え直す作業が入るのも、エンタメの一種なのかもしれない
HIROBAの公式YouTubeチャンネルで公開されているトークラジオ『小説家Z』。こちらはアーカイブ記事です。
エンターテインメントには憧れます
水野:これから、どんな作品を書きたいとかってありますか?
珠川:うーん、ちょっと『マーブル』は踏み込みすぎたなって。
一番近い異性(ひと)で、遠い存在(かぞく)。 本当の幸せって何だろう。 『檸檬先生』で小説現代長編新人賞史上最年少デビュー! 十九歳の作家が描く、切なくて、温かい姉弟小説。 東京で大学生活を謳歌していた茂果は、友人の由紀からあるアニメを布教される。 柔らかな表情、手描き感のあるタッチ、自然な体重表現、甘い雰囲気の色使い、繊細な塗り。紹介された絵師のイラストは、弟の穂垂が描いたものだった。 Twitterの裏アカウントでBL作品を創作し、普段から異性との恋愛話をしない穂垂に対して、茂果は同性愛者なのではないかと考え、やがて過干渉してしまう。境界の曖昧さ、線引きの難しさを、姉弟の視点から見つめ………
水野:あー、そうですか!
珠川:ありがたいことにもうすぐ発売なんですけど、炎上するんじゃないかなとか不安になっちゃって。1作ぐらい、もうちょっと気楽に。いや…でも、書くんだったらやっぱり何かしら自分の思っていることを、見つめ直したりとかしたいなと思ったりもしますし。せっかくの作品なので、いろいろ考えちゃいますね。
水野:うーん。
珠川:だからエンタメの賞に応募して、エンターテインメント作品ってなったのに、あんまりエンタメって感じじゃなくなっているのかなって。
水野:エンタメにしたいって気持ちはあるんですか? 楽しませたいというか。
珠川:『檸檬先生』を書いたあと、「2作目をぜひ」っておっしゃっていただいて。そのときどなたかに、「エンタメっていうのは~」みたいなことを言われた気がして。だから『マーブル』は頑張って、もうちょっとエンタメっぽくしようかなって思ったんです。
水野:真面目!
珠川:でも実際に書いてみたら、「起承転結の起伏がわりと少なめ」と言われて。苦手分野なのかなって思ったりしますね。自分自身はひとを楽しませるのが好きなんですよ。変なことをして家族を笑わせたり、バンドでみんなが好きな曲を歌って盛り上げたり。せっかく作品を出して、読んでいただけるんだったら、そのひとが何かを思ってくれたら嬉しいですし、やっぱりエンターテインメントには憧れます。
水野:エンタメって言い方をするかわからないけど、誰かに楽しんでもらおうとか、何かを感じてもらおうとか、そういう意思はどの作品を作るにせよ持っていたほうがいいんだろうなって、僕自身は思っていて。
珠川:はい。
水野:僕はわりとエンタメ最前線、お茶の間最前線みたいなグループにいるから、基本、楽しませる側にいる感じで振り切っちゃっているけど。全然そういうタイプじゃないアーティストのみなさんも、エンタメっていう言い方で蓋をしないけど、やっぱり同じように何かを感じてほしいとか、何かインパクトを与えたいとかあって。それが珠川さんにもずっとあって、すると結果的にエンタメになるのかなって。
読んでからの時間
珠川:1回読んで、「どういうことだろう」って考え直す作業が入るのは、いい言い方をすると、「2回楽しめる」みたいな。それもまた、エンタメの一種なのかもしれないと思ったりはしますね。YouTubeでボカロ曲を聴いたりもするんですけど、ボカロPによって複雑に歌詞を書く方もいらっしゃって。コメント欄でみんなが、「ここはこういう意味だと思う」と考察していて、それを見るのもすごく楽しくて。そういう楽しみ方もあるのかなって。
水野:うん、うん。
珠川:音楽にせよ、小説にせよ、美術にせよ、自分のなかで分解というか、「こういうことかな?」ってイメージを膨らませるのは、すごく楽しいし、好きなんです。そういうアプローチのエンタメもいいなと思いますね。
水野:『檸檬先生』も『マーブル』もそうだけど、読んでからの時間のほうが長い気がしますね。
第15回小説現代長編新人賞受賞作。 世界が、色づいている。 小説現代長編新人賞、史上最年少受賞! 十八歳の作家が放つ、鮮烈なデビュー作。 <内容紹介> 私立小中一貫校に通う小学三年生の私は、音や数字に色が見えたりする「共感覚」を持ち、クラスメイトから蔑まれていた。ある日、唯一心安らげる場所である音楽室で中学三年生の少女と出会う。檸檬色に映る彼女もまた孤独な共感覚者であった。 本を開けば白黒の紙面のうえで、色と音とが踊る。読み終わり、それが幻だったとしたら、あなたは耐えられるか。 ――水野良樹(いきものがかり) 先生は鮮烈な青春そのもの。みずみずしい感覚で心が開かれる傑作。 ――茂木健一郎………
水野:おっしゃるとおり、読んでから考える時間。「自分だったらどうであろう」とか、「自分にとって『マーブル』の弟のような存在はいるか」とか。読者のひとがそこからスタートするストーリーも大きくなる。そんな作品を書かれている気がして。それも”楽しむ”と定義できたら、たしかに納得感がありますね。
珠川:自分なんかがって感じですけどね(笑)。他人の思考を動かそうとするなんて、おこがましいですけど。読んでいただけるだけでありがたいですし、よりいろんな楽しみ方をしてくださるんだったら、こっちが嬉しいって感じです。
水野:いやぁー、(珠川さんがつくる)音楽も聴いてみたいですけどね。ジャンルを横断する。すべてが混然一体となった作品とか、意外とあるようでなかったりするじゃないですか。コラボレーションとかはあるけど。それが全部できるひとってそんなに数はいないから、聴いてみたいですね…と、背中を押すつもりで言ってます(笑)
珠川:水野さん、小説を書いていらっしゃるじゃないですか。
水野:はい、書きました。
珠川:拝読したんですけど。すごく面白くて。
水野:ありがとうございます!いやぁ…、僕なんかが。
珠川:主題歌もついているじゃないですか。そういうふうに自分が書かれた小説に、自分で歌をつけられたり。いきものがかりさんとか他の楽曲提供で、アニメやドラマに曲を書いていらっしゃったり。『OTOGIBANASHI』プロジェクトもやったり。
小説家とアーティストが出会い、新たな「物語」が生まれるーー 小説家の「歌詞」から生まれた5つの小説と楽曲。 収録作品 <小説> 「みちくさ」彩瀬まる 「南極に咲く花へ」宮内悠介 「透明稼業」最果タヒ 「星野先生の宿題」重松清 「Lunar rainbow」皆川博子 <楽曲> 「光る野原」彩瀬まる×伊藤沙莉×横山裕章 「南極に咲く花へ」宮内悠介×坂本真綾×江口亮 「透明稼業」最果タヒ×崎山蒼志×長谷川白紙 「ステラ2021」重松清×柄本祐×トオミヨウ 「哀歌」皆川博子×吉澤嘉代子×世武裕子 作曲・Project Produce 水野良樹
珠川:トータルで水野さんが企画したものをやるのと、他者が書いた作品に曲に書くのとでは、やっぱり気持ちとか作り方に違いが出てきたりするんですか?
水野:感情の軸足は違う気がします。いわゆるタイアップで、他の作品に対してボールを投げるときは、そこに一旦答えがあるから。その答えに対して、自分がどう思うかっていう。ネクストバッターにいる気持ちというか。
珠川:あぁー。
水野:自分から発信のときはゼロ地点から全部見えているから。そうすると、あとでの帳尻合わせもできるし。珠川さんと同じように、書いている途中で変わってくることもあるじゃないですか。そこが、タイアップ楽曲みたいに先に答えがあるものとは違う感じがします。
音楽が映像から始まる
珠川:『幸せのままで、死んでくれ』は、まず小説を書かれて、歌を?
水野:はい、そうです。
珠川:同時に作るとすると、どっちかに引っ張られたりするんですかね。小説を半分ぐらいまで書いて、「とりあえずイメージで思い浮かんだ音楽、こんな感じだな」と思って曲を書いたら、音楽に引っ張られて小説の内容が変わったり。
水野:どっちもあると思います。ただ、「あ、書けるだろうな」って思う瞬間がありますね。というのは、珠川さんは小説を書かれているときに、映像が浮かんでいるじゃないですか。自分も歌を書いているとき、映像が浮かんでいるんですよ。小さいミュージックビデオみたいなのが流れているみたいな。
珠川:そうなんですか。
水野:たとえば恋愛の曲だったら、ふたりを包んでいる世界というか、そのときの空気みたいなものがなんとなくイメージとしてあって。それをなるべく歌に落とし込もうって書いているので。
珠川:なるほど。
水野:この世界、っていう出発点は変わりないんですよ。出口が歌になろうが、小説になろうが。同じ世界を軸にして書いていれば、多分そんなに間違えることはないと思っていて。
珠川:音楽が映像から始まるってことなんですね。それは考えなかった。
水野:曲を作るとき、タイアップ先のひとと打ち合わせとかするじゃないですか。「こんな感じのイメージで書いてください」って。するとメロディーが浮かんで、「このメロディーはこういう感じの世界だ」とか、メロディーに対してなんとなく対応するイメージがあるんですね。それは、共感覚の話を読んでいるとき、自分にとってちょっと共感覚的なのかなって。…なんか急に自分の話を。
珠川:いやいや、おもしろいです。
水野:プレッシャーもあるかもしれないですけど、これから新しい作品であるとか、新しい表現方法であるとか、ぜひたくさんの作品を読ませていただきたいなと改めて思います。
珠川:ありがたいです。
水野:次の作品はいつぐらいに?
珠川:編集者さんに一応プロットは出したんです。
水野:もう書いているんですね!
珠川:書き出してはないんですけど、今回のプロットが、めちゃめちゃ長くなっちゃって。編集者さんにいただいたアドバイスをもとに調整したあとは、わりとすんなり書けるかなぁ。でも学校が忙しくて、あんまり書く暇はないかもしれないって感じですね。
水野:学生さんなんですもんね。たまにそういう事実に突き当たってビックリするんだけど。そっかぁ。
珠川:本当にただの学生なので。
水野:いやぁ、すごく楽しみにしています。ぜひ何か機会があったら、一緒に音楽を作らせていただきたいなと思っていますので、これからもよろしくお願いします。
珠川:よろしくお願いします!
水野:ということで小説家Z、今日のゲストは珠川こおりさんでした。ありがとうございました。
珠川:ありがとうございました。
文・編集: 井出美緒、水野良樹